れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

私にとっての山本文緒(1):『絶対泣かない』

先月作家の山本文緒さんがお亡くなりになりました。享年58歳。

ネットニュースの記事は10月18日発表のものが多いのに、私が訃報を知ったのはなんと昨日、11月13日でした。

11月13日は山本先生のお誕生日で、たまたまinstagramのタイムラインで目に止まった山本先生アカウントの投稿が、故人を偲ぶ感じのテキストだったので「・・・え?まさか」とGoogle検索したら、ひと月前の訃報記事が出てきてびっくりしました。

なんて間抜けな自分。

 

いまだに信じがたくて、でも喪失感と悲しい気持ちがないまぜで、複雑な気持ちです。

別に個人的な繋がりもないし、お会いしたこともない著名人のひとりなんですが、

これまでこのブログでも再三書いたように、山本文緒という作家は私にとっては特別な存在でした。

 

はじめは今年の9月に出た短編集『ばにらさま』について書こうかと思ったんですが、

なぜ自分にとって山本文緒がこうも特別なのか、この機会に振り返って記録しておくことにしました。

 

***

 

私が最初に手に取った山本作品は、短編集『絶対泣かない』です。

今では↑のカバーイラストかもしれませんが、私がはじめて手に取ったときは、薄い黄緑色の美しい装丁の文庫でした。

小学5年生くらいの頃、当時よく入り浸っていた近所の本屋さんの文庫コーナーに山本文緒フェアといった趣の棚が作られていて、そこに並んでいた『絶対泣かない』を本当になんの気なしに手に取りました。

当時の私は漫画はよく読むけれど本(文字だけで、イラストが一切ないもの)を読む習慣は全くありませんでした。なぜそのとき手に取ったのか覚えてないのですが、多分タイトルと装丁デザインに惹かれたのだと思います。

 

『絶対泣かない』はさまざまな職業をテーマにした短編集です。

フラワーデザイナーの話から始まり、体育教師、デパート定員、漫画家などなど15の職業を描いた群像劇は、小学生の私にはまだまだ遠い大人の世界の物語でした。

昔から将来設計が適当な子供だった私は、当時お絵描きと洋服が好きだったので「デザイナーになる」と言ってみたり、ハハが勧めるままよくわからず「薬剤師になる」と言ってみたりブレブレでした。

けれど、この本の中に出てくる「卒業式まで」という話がとても好きで、この物語を読んで以降、しばらくの間「養護教諭(保健室の先生)になる」と言っていました。

 

「卒業式まで」の主人公は、まとまった夏休みが欲しくて、なおかつ短大卒でも学校勤務ができるということで養護教諭を選んだ24歳の女性です。

彼女が勤める高校にはとある3人の問題児たちがいて、彼らはそれぞれの思惑があって保健室の常連でした。

DJのバイトをやっている健司、髪を染めている美衣子、そして成績は常にトップだけれど保健室を仮眠室として常用している水橋早苗。

3人がそれぞれ静かに煙草をふかしながら主人公の淹れるコーヒーを待つシーンが、子供心にかっこよく見えて、自分もいつかこういう養護教諭になろうと思っていました。

読んだ当初は主人公よりも健司たち生徒に感情移入する方が容易かったですが、今では教諭側の主人公の年齢すらゆうに超えてしまいました。でも、今読んでもやっぱりいいなと思う短編です。

そしてこの話に影響を受けたのか、学生時代の私は保健室の愛用者でした。

 

結局養護教諭になることはありませんでしたが、

中学の職業体験実習で花屋を選んだのはきっと「花のような人(フラワーデザイナー)」を読んだからだし、

高校時代に看護体験学習に申し込んだのも「天使をなめるな(看護師)」が影響してるし、

新卒で入った会社を辞めて事務職のOLになろうと思ったのも「アフターファイブ(派遣・ファイリング)」の記憶があったからだし、

その後あえて営業職に就こうと思ったのは「話を聞かせて(営業部員)」を覚えていたためでもあるし、

エステティシャンに転職したときには「女に生まれてきたからには(エステティシャン)」を何度も読み返しました。

 

『絶対泣かない』は私にとって13歳のハローワーク的小説だったのかもしれません。

そしてたまたま手に取ったこの小説が面白かったからこそ、漫画ばかり読んでいた私が文学にも目を向けるようになったのです。これは大きなことです。

のちに書店の同じ棚にあった他の山本作品をさらに何冊も読んで、小説の面白さにハマっていきました。なかでも『チェリーブラッサム』は初めて夜通し読み耽った長編です。

↑ハートの表紙が可愛い。これも多分ジャケ買いでした。なつかしい。

 

つづく