れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

『手のひらの京』

綿矢りささんの作品の面白さがうなぎのぼりです。

手のひらの京 (新潮文庫)

手のひらの京 (新潮文庫)

 

京都に暮らす三姉妹とその家族の物語。

三十路を過ぎてにわかに出産のタイムリミットに焦りつつもどうすればいいかわからない長女・綾香、したたかで派手だけど根っこは臆病な次女・羽依、成績優秀で努力家な三女の末娘・凛が、それぞれのライフステージの壁と”京都”という柔らかく閉ざされた特殊な地方都市の風土と戦い・寄り添いながら生活しています。三姉妹それぞれの視点が短編のように折重なりながら話が進行します。

 

私の身近にも何組か三姉妹がいるのですが、羽依みたいな次女は見たことがないです。

羽依はスクールカースト上位層っぽい可愛くて派手な子で、男ウケするし女子には割と嫌われやすい自覚もあり、それでも陰口を叩かれたり社会的脅威にさらされそうになるとヤクザ並みの啖呵とよく回る頭と口でハッタリをかまし、したたかに戦う女の子です。

私の周囲にいる次女は総じて暗く一人だけちょっと変わっているというか向いている方向が違くて、どちらかというとネガティブな人が多いです。家の中と外で人格が変わる人も多いように思います。

まあ、創作物なのでバースオーダーと人格についてそこまで深く考えなくてもいいかもしれません。

羽依はその激しい性格のために、新社会人となってからも様々ないざこざを引き起こしてしまいます。

その一つ、上司でイケメンの前原と付き合い、お局に目をつけられ女性社員たちから村八分にされ(京都では”いけず”というらしい)た羽依は、ある日とうとう戦う決意をし、ロッカー室で「聞こえよがしのいけず」を浴びせるお局一行に反旗を翻します。

「それ私に向かって言うてんの?」

鬼の形相で素早く振り返ると、お局たちの驚愕した顔があった。京都ではいけずは黙って背中で耐えるものという暗黙のマナーがある。しかしそんなもん、黙ってられるか。私はなんでも面と向かって物言うたるねん。

「私に向かって悪口言うてるんかと聞いとるんや!」

ほとんど咆哮に近い羽依の怒声がロッカー室に響き渡る。(中略)

「言うとくけど、私は前原さんと寝たりしてないし、もちろん捨てられてもいないから。いい加減なデマを車内で流したら、パワハラや言うて訴えてやるからな!いままでのお前の嫌みも全部持ち歩いてたICレコーダーに録ってあるから、法廷出たら覚悟せえよ!!」

もちろんICレコーダーなんて持ってないし、言ってることもめちゃくちゃだが、これだけ怒ってるし何するか分からへんぞ!という印象を相手に植えつけるのが第一だ。

ここのくだりは笑えました。というか、なんだかんだ言って三姉妹の中で特に気性の激しい羽依のパートが読んでて一番笑えたし、一番ドキドキしました。

ちょっと『亜人ちゃんは語りたい』のひかりを思い出しましたが、羽依は関西人なので、ひかりよりもさらにドスがきいてる感じがしました。

その後羽依がロッカー室を出ると、羽依を可愛がっている男性上司が飲み会に誘ってくれて、羽依は紅一点としてちやほやされます。

トイレから戻る途中、羽依から人が剥がれたタイミングを見計らい近寄ってきた同期の男・梅川にも心配してもらい、羽依はいい気分になりながらも冷静に自分を見つめます。

梅川のいたわりが優しく胸に染みていくなか、なるほど同性の女の人らが私に腹立つのも分かるわ、と合点がいった。べつにいじらしく耐えてたわけでもない、ついさっきタンカ切って青筋立てて詰め寄っていたくせに、いまではか弱いふりして男に慰められている。いけずしてる子達のなかには、前原さんを本気で好きな子もいたのかもしれない。なんでいつもあの子だけがちやほやされるの、と思うのだろう。

ははは、愉快愉快。 

いやー羽依、面白いです。

だいたい事の発端は理不尽でもあり、羽依は客観的に見れば基本的に被害者なのですが、自分にも一因があることも自覚しており後々反省もする、そこが羽依のえらいところだと思いました。

 

この物語は京都という日本の中でも特殊な雰囲気を持つ土地が舞台で、京都の風土が非常に色濃く描かれています。

主人公三姉妹の暮らす奥沢家は、両親も京都生まれの京都育ち、祖父母も皆京都人で生粋の京都ファミリーです。皆地元が好きで誇りを持っており、京都から出ることなど考えたこともない人たちです。

しかし、末娘の凛だけは違いました。大学院まで進んだ凛は、就職を足がかりに関東圏へ移り住む計画をずっと温めてきました。

凛は京都が嫌いなわけではないけれど、うまく言葉に表せない複雑な気持ちがあり、とにかく京都を出なければ、という思いが強い子です。

一所懸命勉強してきた凛は、教授の推薦もあって無事東京の大手メーカーから内々定をもらいます。

両親は最初は大反対していましたが、最終的には折れて、家族皆凛を応援するようになります。

基本的に、奥沢家はすごく仲良し家族です。こういう家族に囲まれていたら、確かに普通は地元を離れようとは思わないかもしれないですね。

私はもう実家が霧散しているというか、兄弟もいないし両親も離婚してるし父とも母とも連絡を取り合っていないので、奥沢家のような家族にかこまれて暮らすのがどういった気持ちなのか正直想像もつかないのですが、でも物語を読んでいて、素敵だな、と素直に思いました。

 

東京に移り住んで慌ただしい新社会人生活をスタートさせた凛のもとに、父から電話が入ります。

父の人間ドックで、前立腺にガンが見つかったという連絡でした。

まだ詳細はわからないけど、ひとまず事実を受け入れて前を向いて生きていくこと、一ヶ月後くらいに手術すること、母も姉たちもショックは受けたが明るく振る舞いともに支え合うと決めたこと、凛は体に気をつけつつあまり心配せず毎日を頑張りなさいという励まし、を電話口の父や母から聞かされる凛。

両親の声の後ろから、酒を飲み楽しげに話す姉たちの声も聞こえ、凛はにわかに家族に会いたい気持ちでいっぱいになります。

しかし、彼女は東京に出てくることを選んだのです。自分の選択に責任を持ち、慌ただしい社会人としての日々をまずは着実にこなすことを、改めて決心します。

故郷は記憶のなかですり減っていくが、すぐには無くならない。もっと大らかに時を越えて私の周りを漂っている。(中略)

「自分で選んだ道や」

声に出して呟いてみると、思ったほど厳しい言葉ではなく、どんな言葉よりも自分を励ます言葉に聞こえた。そうや、自分で選んだ道や。自分が前に進むためだけに鎌で草を刈りながら、無舗装の道を歩いてゆく。辛いこともあるけど、私はいま、とても贅沢なことをしている。泣きごとを言う資格はない。

とはいえ、できれば人生は楽しい、優雅な面だけ見て生きてゆきたい。難しいときこそ、楽観的に。そう思うことは弱虫じゃない。生きるためにひらひら舞いながら踊り続けたい。たとえ少し後ろを振り向いただけで、暗い影が自分にまとわりついているのを見つけたとしても。 

故郷の表現がとても秀逸だと思いました。

私の故郷は京都のように特殊でも雅でもない関東平野で、27年間ここから出たことがありません。旅行では47都道府県すべて回りましたが、住居としては生まれた時から同じ県に住んでいます。

凛が感じるのとは別の気持ちかもしれませんが、私もこのままここから出られなくなりそうな恐怖を感じる時があります。

京都のように盆地でもない、山に囲まれている土地でもないのに、見えない力に取り囲まれているような心持ちがすることがあります。

ここから出るのは、やはり相当なエネルギーを要する気がします。

でも、出たいなぁ、と凛の物語を読んで改めて思いました。どうして出たいのかも、うまく表現できないんですが。

 

読みながらいろんなことをつらつら考えましたが、単純にエンターテイメントとしてとても面白い小説でした。おすすめです!おわり。