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ひまをつぶしましょう

余命を知った後の生活2:『THE WHALE』

先日観た映画『THE WHALE』もいろいろ考えるきっかけをくれた作品でした。

whale-movie.jp

愛する人との死別などから過食と引きこもりになり重度の肥満症となったチャーリーは、唯一の友人で元恋人の妹であり看護師でもあるリズから、いよいよ自身の余命が近いことを知らされます。

一人でアパートから一歩も出られないチャーリーですが、死期を悟ってから自身のやり残したことに思い至り、疎遠だった17歳の娘・エリーとの絆を取り戻そうとします。

 

この娘のエリーがなかなか難儀な女の子でした。学校に馴染めず、ソーシャルメディアにはメンヘラ投稿ばかりして、一緒に暮らす母親からは「邪悪」と評されるほど性格が歪んでいるのです。

でもチャーリーはそんなエリーの良心を信じたいと願っていて、最期まで希望を捨てないんです。チャーリーはエリーが8歳の時に書いた小説『白鯨』の読書感想文を大事に保管していて、発作が起きた時もその文章を読むことで心の拠り所にしています。

 

エリーは幼い頃は父であるチャーリーを好きだったけれど、チャーリーが男の恋人を作って家族を捨てたことを心底恨んでいるんですね。エリーが今のように邪悪になった要因のひとつはチャーリーにあるとも言えます。生来の気質の可能性もありますが。

 

チャーリーが最期まで、エリーは本当は善良な子であり、彼女の将来は明るいものであると信じたい気持ちは、私の目には自分勝手なものに映りました。自分の余命を知って時間がなくなった人間はみんな自己中心的になるのかもしれないと思いました。それは悪いことではなく、当たり前のことで、むしろそうあるべきだとも思います(だってもうすぐ死んでしまうんですから)。

でもその幻想を押し付けられた、残される側はいい迷惑かもね、とも思います。

 

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この映画で一番怖かったシーンは、いつもチャーリーの家の前までピザを届けてくれる宅配員にある日姿を見られてしまったチャーリーが、苛立ちや羞恥や諦念やその他様々な感情にのみこまれ、吐くまで過食に身を投じる場面でした。本当に迫真で怖かったです。

なんというか…もう感情が暴れて身体を止められないんですよね。自分にも少し身に覚えがあるので、見ていて辛かったです。

 

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チャーリーと元妻・メアリーが久々に再会して、エリーが幼い頃3人で海に行ったときのことを懐かしく思い出すシーンも切なかったです。

過去の幸せな記憶と現在の絶望的な状況の対比が本当に残酷でした。

それでも、幸せだった過去があることはいいことなのでしょうか。もうそれが二度と手に入らず、すべてが崩れ落ちてしまってもはや再起不能になったあとだとしても、過去の幸福はただ今を苦しくするのではなく、何かの救いになりうるのでしょうか。

 

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ほぼ全てのシーンがチャーリーのアパート内の出来事で、登場人物も本当に少数で、それでこんなに感情を揺り動かす物語を撮れることにはかなり驚きました。

余命を知った後の人間のエゴについて再考させられる作品でした。おわり。