れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

喪失と子育て:『わたし、今日から「おひとりさま」』

あけましておめでとうございます。

ぼやぼやしているうちに新年になってしまいましたが、昨年末に読んで印象深かった漫画について記録しておこうと思います。年末のうちに書いとけという感じですが。

装丁デザインとあらすじをさらっとみて、なんとなく読んでみたんですが、結構泣きました。

 

田舎で高校卒業と同時に結婚・出産し、愛する夫と利発な娘と暮らしていた専業主婦の主人公・泉は、ある日夫に離婚を言い渡され、娘は父についていくといい、三十路を過ぎて社会人経験ゼロのままバツイチの独り身になるところから物語は始まります。

利発な娘・ミチちゃんの勧めにより東京に出てきた泉は、高校時代の親友で現在は売れっ子ヘアメイクアップアーティストの独身貴族・じゅりちゃんの家に転がり込むことに。なんとかありついた家事代行サービスの仕事で出会ったイケメンのヒモくんに若干ときめいたりしながら、泉の東京ライフは一見順調そうでした。

 

泉は毎週土曜日には地元の喫茶店で愛娘・ミチちゃんとの近況報告会をしていたのですが…。

ここで大事なネタバレがあるので、読みたくない方は閉じてください。

 

じゅりちゃんは街中で偶然再会した泉との共通の友人から、泉の真実を告げられます。

実は、ミチちゃんは事故で死んでしまっていたのです。

愛娘の死を受け入れられず、いつまでも朝食を3人分作ったり、毎朝もういない娘に笑いかけたりする泉に耐えきれなくなったので、泉の夫は離婚を言い渡したのでした。

 

泉は本当に正気を失っているわけではなくて、実際には娘の死をきちんと認識しています。でも認めたくなくて、自分を支えるために、脳内で娘を生かし続けていたのです。

生前ミチちゃんが「大きくなったら東京に行ってバリキャリになる」と言っていたのを泉は覚えていて、愛する娘が見るはずだった東京の景色を自分が見に行こうと上京したのでした。

 

ミチちゃんが死んでいたことを知ってからの泉の描写は怖かったですね。ホラーでした。

地元の喫茶店のマスターがまた、優しいんですよね。泉の向かいの席は空席なわけですが、泉の視界の中にはミチちゃんがいるわけです。泉は毎回自分の分のアイスコーヒーと、ミチちゃんのためのクリームソーダをオーダーするんですが、泉が面白おかしく自分の東京生活の近況報告をする前で、静かに溶けてドロドロになっていくクリームソーダが本当に切なかったです。

 

じゅりちゃんはそんな今の泉の状態をまずいと思い、病院に連れて行こうとしたり、なんとか現実を受け入れるよう泉を説得しますが上手くいかず、泉はじゅりちゃんから距離を置くようにヒモくんの家に転がり込みます。

ヒモくんはクズ男ですが実は実業家でもあり、金銭的には大変安定した人間でした。そのうち泉はヒモくんの子供を妊娠してしまいますが、元夫と再会して話し合ったり、ヒモくんとも話し合ったりした結果、シングルマザーとして子供を産む決意をするのでした。

 

泉って一人でいる時はいい加減で奔放でふらふらした頭弱い感じがする女性なのですが、母親になった途端に強くなるんですよね。こういう女の人もいるのかーと勉強になりました。

そして一見無謀にも見える泉のシングルマザー計画や、職場での出産ラッシュを見ていたじゅりちゃんは、自分のキャリアと人生について再考するようになります。

「子供かー」

想像できない

仕事を中断してまで

私が誰かのために生きるなんて

 

(きよね駿『わたし、今日から「おひとりさま」』祥伝社 2022.11.15)

しかしながらじゅりちゃんは子育てしてみたい気持ちもあって、最終的に泉の子供を共に育てるというダブルマザー家庭を提案し、泉もそれを了承します。

 

私も泉とじゅりちゃんみたいなダブルマザーに育てられたかったな。楽しそうです。

私はじゅりちゃんみたいに仕事が好きなわけでも子育てしたいわけでもないですが、彼女みたいな女性は結構いるんじゃないかなーと思いました。

・子供が欲しい

・自分で十分に稼げる仕事をずっと持っていたい

・夫や子供の父親は特段いらない

という働く女性と、

・子供が欲しい

・外で働くのもいいけど仕事に熱中する気は必ずしもない

・夫や子供の父親は特段いらない

という女性同士で築く家庭って、無理やりこさえた旧来型の男女カップル家庭より円満にいく気がします。円満だったらすなわち子供にとってもより良い環境なわけで、つくづく出産まわりの制度改革をもっとフレキシブルにすべきだよなぁと思いました。

 

ま、私の場合は

・子供はいらない

・お金に困らなければ特段働きたくない

・夫もいらない

というないないづくしなので、そもそも関係ないと言えばないんですけどね。

 

物語の終盤、泉がミチちゃんの死を本当の意味で受け入れて、じゅりちゃんと一緒にミチちゃんのお墓参りに行ったシーンは号泣しました。今も思い出すと涙が出てきます。

私が子供はいらないという理由は、今までも散々書いてきたように、自分が生まれてきたくなかったからです。自分がされて嫌なことを誰かにしたくない。ただそれだけです。

でも、もう一つ理由があるとするなら、それは喪失した時に立ち直れる自信がないからです。

 

自分の生んだ子供を必ずしも愛せるとも限りませんが、もし自分が娘を産んで、その子がミチちゃんのように利発で聡明で可愛らしい子であったとして、もう大切で大切で仕方がなかったとき、

彼女が突然事故に遭って死んだり、事件に巻き込まれて殺されたりしたら、私は絶対に正気を保っていられないだろうと思います。そういう点でも泉は本当に強いです。

 

子供だけではありません。恋人でも友人でも家族でも、もしくはペットでも、または生き物でさえない何かだとしても、私はかけがえのないものを持つことを心の底から恐怖しています。それを失った時、自分を支えられる自信がないからです。

 

昨年は、私にしては珍しく他人との交流が若干盛んでした。結果的には疲れただけで、もう懲り懲りって感じですが、もしかけがえのない誰かに出会ってしまったら、こんなもんじゃ済まないのだろうなと思いました。

誰とも親しくならず、誰とも心通わない人生を味気ないという人もいるでしょう。私もそう思いますが、今はむしろそうありたいです。

私は自分の人生に意味なんかいらないし、後悔なんてあってもなくても構わないし、唯一の願いは苦しまずにコロリと死ぬこと、それだけです。

あんな、身を引きちぎられるような耐え難い喪失を味わうくらいなら、初めから大切なものなんてほしくないなと、この漫画を読んで再認識しました。

 

2023年を心穏やかにやり過ごせますように。おわり。