『美しい彼』で好きになった作家・凪良ゆうさんが2020年本屋大賞を受賞したベストセラー小説『流浪の月』を(今頃)読みました。
小学生女児・家内更紗9歳は、最愛の父を病気で亡くし、夫の死を引き金に色に溺れた母に捨てられ、引き取られた先の伯母の家で従兄に性的虐待されます。
伯母の家に帰りたくない更紗は放課後一人で公園で時間を潰していて、彼女に救いの手を差し伸べたのが19歳の男子大学生・佐伯文。文は更紗を一人暮らしの自宅に招き、そのまま住まわせます。
文も文で問題を抱えている少年で、更紗と文は互いに心の空洞を癒し合い、絆を深めていきました。
彼らは2か月共同生活を送ったのち、ひょんなきっかけで社会の目に見つかり、文は誘拐犯として逮捕され、更紗は伯母の家に戻されるもまたもや襲いかかる性的虐待に反逆し、伯母宅から施設に引き取られることに。
成人した更紗はDV彼氏に粘着されたりすったもんだありつつも、文と再会しまた二人は一緒に生きていくことにするのです。誘拐犯とその被害者という世間の目から逃げながら。
大まかな話の流れはそんな感じなのですが、とにかく読後感が後味悪くてちょっと引きずりました。
まず一番強く思ったのは「何にも問題が解決してないじゃん」ということでした。
更紗は「誘拐・性犯罪の被害者」という周囲の勘違い固定観念と地道に戦い続けていたし、読者はみんな文と更紗が世間から誤解されて可哀想なことがわかっています。
でも結局どうしようもなくて、彼らは素性がバレると別の土地に引っ越す、を繰り返す流れ者状態で終わるのです。
例え更紗が「次はどこへ行こうか?」とワクワク話していたとしても、そんなふうに逃げ続けなければならない人生は何だか腑に落ちないなぁと私は思ってしまいました。
私は引っ越しも旅も好きだし、各地を転々と渡り歩いて暮らすことには憧れもあり好ましく感じます。
でも、それが何かから逃げ続けなければならない人生の結果だとしたら、それはしんどいし何か失敗してる気がするのです。
もう一つ思ったのは「結局更紗は一人で生きていくことができないってこと?」という疑念です。
更紗は高校を卒業して就職し、育った施設を出ます。犯罪被害者であることその他もろもろ、過去の十字架を背負う更紗はその後もいろいろあり、前職で出会って親密になった年上の彼氏・亮と同棲し、転職後はファミレスのアルバイトとして生活していました。このとき24歳です。
亮が結婚の話をちらつかせて、だんだんと大きくなっていく違和感。そしてついに亮のDV気質が露見し、いよいよ身の安全が危うくなります。
更紗はファミレスでの勤勉な態度と理解ある店長の計らいで、正社員登用の話をもらうのですが、過去の誘拐事件と再会した文との関係、それを面白おかしく後追いするメディアの暴走などによって正社員登用の話を帳消しにされてしまいました。
結果的には文とともに生きていくことにして、それで更紗本人は幸せなんだと思いますが、もし文が病気などで死んだらどうなるのでしょうか?
更紗が亮に殴られてボコボコにされた時、相談に乗ってくれたのが更紗のファミレスの同僚・安西さんです。彼女はシングルマザーでDV夫から逃げてきた過去があり、非常に実践的なアドバイスをたくさんくれます。
安西さんもいろんな仕事を渡り歩きながら何とか娘と二人で生きていますが、やはり生活はそれなりに苦しいのです。
コロコロ彼氏を作る安西さん。もちろん単純に恋愛として接してる部分もあるでしょうが、娘ひとりと自分の生活の安定を、未来の旦那さんに求める気持ちもあると思います。
環境に恵まれなかったり、学歴や職歴やスキルが積めない女性の苦境と、そこから脱するための生存戦略として男性に依存してしまう構造が見てとれます。
更紗や安西さんをみていて、女性の貧困っていろんな別の不幸を招きやすい構造になっているんだなぁと改めて思いました。
すごく嫌だなぁと思った話が、更紗が亮の地元に連れて行かれ、そこで亮の親戚一族と食事会になり、トイレに立った時の亮の従妹と更紗の会話シーンです。
「更紗さんも、昔いろいろつらいことがあった人でしょう。前の彼女もね、更紗さんほどじゃないけど、複雑な家庭で育った人だったみたい。亮くんはいつもそういう人を選ぶんだよ。そういう人なら、母親みたいに自分を捨てないと思ってるんじゃないかな」
「そういう人って?」
「いざってとき、逃げる場所がない人」
(凪良ゆう『流浪の月』東京創元社 2019,8,30)
とても嫌な話じゃないですか。あらかじめ「逃げる場所がない」人間を嗅ぎつけて、支配しようとするDV犯の陰湿な習性・・・ゾッとしました。
もう一つ嫌な気分になったのは、更紗が従兄に性的虐待されるシーンです。単純にすごく気持ち悪いしつらかった。
性的虐待については、最近もう一つ記憶に残った作品があります。それは田村由美『ミステリと言う勿れ』第8巻。
天然パーマのよく喋る東大生・久能整くんがコナンくんばりにいろんな事件に巻き込まれて真相を解明していく物語で、整くんがとあるきっかけで仲良くなった入院中の女性・ライカさんの過去について描かれているのがこの8巻でした。
ライカさんは実は、千夜子さんという虐待(性的虐待も含む)を受けて解離性同一性障害(多重人格)になった女性のもう一つの人格だったのです。
ライカさんの素性と過去を知った整くんは、性暴力の被害者を、被害から生き抜いた人という意味を込めて「サバイバー」と呼ぶことがあるという話を実例を交えてしました。
ライカさんと千夜子さんは、ともに戦ってつらい日々を生き延びたサバイバーなのだと。
確かにそうなんですけど、サバイバルしたくてしたわけじゃないし、讃えられてもなぁって少し思ってしまいました。
ライカさんみたいな症例や、性的虐待を取り巻く問題について知りたくていろいろネットで調べてみたんですが、読めば読むほど心が重くなってひたすらにしんどかったです。
暗い気持ちになるとわかっているのに、時たまこうしてひどい事件や判例を読み漁ってしまうことってありませんか。この心理って何なんでしょう・・・。
性的虐待や性犯罪の記事、そして小説の中の更紗の描写を読んで改めて思ったことは、性犯罪の被害というのは、他の犯罪の被害にあった時よりも、もっと被害者が語りづらいのだということです。
そもそも犯罪の被害に遭ったとき、人間は自分が傷つけられた現実を直視するのがとても苦痛です。
振り込め詐欺にあったり、ひったくりにあったり、どんな犯罪でも自分が被害にあったことを認めて第三者に語るのは大きなストレスを伴います。これは自分の実感もそうですし、心理学を専攻していた大学時代に研究から学んだことでもあります。
でも今回、性犯罪はそれに輪をかけて語りにくいのだと知りました。
小学生だった更紗は文から離されて警察に保護されたとき、自分を侮辱し汚そうとしたのは文ではなく従兄の孝弘なのだと何度も弁明しようとしました。
でも言えなかった。言おうとすると体が強ばり声が出せないのです。
大人になってからも、自分に哀れみの目を向ける周囲の人に何とか事実を伝えようとします。でも言えない。彼氏にも本当のことを知ってほしくて言おうと試みました。でも言えなかった。
自分がされた本当に恐ろしいことを、知ってほしいのに知られるのが怖い。
この、性被害にあったことを言い出せない心の動きって根が深い問題なんですね。
わからない人には「なんで?」って感じだとも思うんですよね。想像しづらいというか。
かくいう私も「言ったほうがいいじゃん!訴えたほうがいいじゃん!」て思う気持ちもある。
しかし、言えない気持ちにも身に覚えがあるのです。
私は更紗やライカさんみたいに、トラウマになるほどの性犯罪の被害歴はないです。
けれど、嫌な思いをしたことは何度かあります。
なかでもあまり口に出して言いたくないのは、小学生時代の記憶です。
子供だったし、充分な性教育を受けておらず知識がなかったというのもあります。
親戚のおじさんからとある身体的接触を受けたとき、言葉にできないけれど何か決定的に自分が損なわれた嫌な感触がありました。体が強ばり、冷や汗が出て、うまく声が出せなかった。
私が被害に遭う瞬間を見ていたハハや叔母さんたちが一瞬で顔色を変えたとき、「あ、私は今何かとてもよくないことをされたのだ」と認識し、鳥肌が立ちました。
ハハたちはそのおじさんを個別に呼び出しいろいろと厳重注意したらしいですが、その後そのおじさんとは親戚の集まりがあっても、今に至るまで一言も口をきいていないし目も合わせません。
それは裏を返せば今もあの時の嫌な気持ちを引きずっているということでもあり、多分この先もなくならないと思います。なんなら今こうして書いている間も結構嫌な気分になってます。書くけど。
今になって振り返ると、ハハたちには間をおいておじさんを注意するより、私が被害にあったその場ですぐ大声をあげて欲しかったかもしれないと思いました。
されたこと自体が嫌なんですけど、時間をおくとますます気持ち悪さがへばりつく感じがする。
デリケートな問題だからそっとしようと思ったのかもしれないけど、私は逆に騒ぎ立ててほしかった。今ではそう思います。
先日2ちゃんねる創業者のひろゆき氏のYouTubeをみていたとき、猥褻行為に遭ったら直ちに警察に行けという話を聞きました。
猥褻行為を受けた直後というのは、自分の体や現場や持ち物に、犯人の物的証拠(DNA鑑定に使えるものとか)が残っていることが多々あり、それを確実に提出したほうがいいとのことでした。確かに。
被害にあっただけで死ぬほど苦痛だし、時には本当にそのまま死んでしまいたいと思うこともあります。でも、もしその後も生きるつもりで、自分を貶めた犯人を許したくないなら、つらくても届け出たほうがいいと感じました。
警察とかその後の周囲の人間からセカンドレイプにあうのもめちゃくちゃ嫌ですけどね。マジで頼みますよほんと。自分も気をつけないと無意識に傷つけてしまうことがあるかもしれないです。
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話が散漫になってしまいました。
私が今回『流浪の月』をはじめ、関連トピックを読んで学んだことは下記です。
- DV男とはまず物理的に徹底的に距離を取るべし
- DV男(支配欲が強い人)は執着心が強く粘着質である
- 性犯罪被害にあったら直ちに警察に行って立件すべし
- 性犯罪被害の精神的・身体的ダメージから回復するには長い時間がかかる。被害を言語化すること、言葉にして話すことにはとてつもない苦痛が伴う
そして再認識した問題意識は下記です。
- 「一人じゃない」は解決になっていない。「一人でも大丈夫」なほうが私はいい。そのためにはどうしたらいいか?
- 男性に頼らず自立して生きることが困難な女性=女性の貧困の根深い構造的問題から抜け出すにはどうしたらいいか?
私は大した学歴もなければ能力もスキルもないし、立派な職歴もありません。
28歳の時、DV被害にあったわけでもつらい過去から逃げたかったわけでもないですが、地元を離れて生活したいと思いました。
そんななか出会ったのが今の会社です。
未経験者でも大丈夫で、家賃補助も引っ越し費用も出してもらえて、充分な給与と待遇(もちろん正社員)が得られました。しかも面接もスマートフォンだけで済みました。交通費もスーツ代も証明写真代もいらなかったです。
仕事は接客業でサービス業なので、体力的・気力的にきつい部分もありました。
けれど、同僚も上司もお客様も全員女性だったので、異性にまつわる嫌な思いは全くありませんでした。
同僚には高卒の人もブラック企業出身の人もフリーターしかなったことがなかった人もたくさんいました。
今は転属して社宅も出ていますが、この会社に入ったおかげで地元から離れて一人で暮らすことができています。
だから今の仕事がものすごくつまらなくても、多少理不尽に思うことがあっても、この会社には本当に感謝しています。
今の会社は別に女性の貧困を救うNPOでもなんでもないので、女性を全員救えるわけではないです。採用基準もいろいろあるはずです。
けれど「今いる環境を抜け出したい」「彼氏や夫の経済力に頼らず自分の力で生き延びたい」と考える若い女性にとって、有効な機会を提供していることは間違いないと思います。
見方によっては今の私の状態は、依存しているのが男性ではなく会社であるだけかもしれません。
何にも依存せず生き延びられたらそれは素晴らしいですが、今の私にはその術がわからないです。
私のハハは多少の資格や職歴はあるけれど、結婚や出産を経て結局ワーキングプアとなり、今でも自分が大嫌いな私の父親に依存することで生活を成り立たせています。ハハも女性の貧困を体現しているのかも。(でも彼女には助け合える姉妹としっかりした実家があるんだよなぁ。私にはそれがない。)
ハハがいろいろと我慢して、私はここまで育ったのかもしれないとも思います。私も我慢したと思うけど。
私が言うのもお門違いかもしれないですが、本当はハハにも「一人で大丈夫」な人になってほしかった。
愛する人に出会えたり、支え合える生涯の盟友がいたり、あたたかい家族がいたりする「一人じゃない」人生もとても素敵だと思います。そういう人生も経験してみたかったです。
でも、一人じゃないのは素敵だけど、それは私のゴールにはなり得ないのだとはっきり認識しました。
幸せとか不幸とかそういう尺度じゃない。ただ単純に「一人で大丈夫」でありたい。そう強く思ったのでした。おわり。
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【目を通した関連トピック】
子供が性犯罪に遭ってしまった時、知識とメンタルの持ちようは大事だと思います。下記はすごく参考になりました。私も被害に遭う前に読みたかったです。