表紙からインパクトのすごい漫画『にいちゃん』。
「鬼の話かな?」と思うようなすごい配色です。ストーリーは、確かに鬼といえば鬼。いや、人間の話ですけど、鬼がかってるというか、神がかってるというか、迫真です。
あらすじは以下。
かつて、近所のにいちゃんに手を出され、
現場を母親に見られてしまったゆい。
それを境に、いつも遊び相手になってくれていた
にいちゃんは姿を消し、
親からは過保護なまでの監視を受けるようになってしまった。
あれから時が経ち、にいちゃんを忘れられないゆいは、
ある日もあてもなく街を徘徊し、
そして、ついに再会の日がくる――。
しかし、久しぶりに会ったにいちゃんは、
昔のような優しいにいちゃんではなくなっていて……。
(背表紙「Story」より)
小学生のころ、セックスする土壇場で怖くなって景から逃げ出したゆいは、何が怖かったのでしょうか。
いつもと違う雰囲気のにいちゃんも怖いし、自分のものと全然違うにいちゃんのいきり勃つ男根も怖い、もしかしたら痛いかもしれないという痛覚への恐怖、他にもたくさんあると思うんですが、この恐怖をうまく言語化できないのです。
そもそも恐怖って、理屈抜きで湧き上がる感情なので、言語化しなくてもいいのかもしれないですが。。
最初のこの場面でゆいが逃げ出したことによって、景の憎悪と歪んだ復讐心の種が埋め込まれるのです。
大きくなってゆいが高校生となり、再会し体を重ねるようになった時、景はしきりに「許さないよ もう俺から逃げない? 約束して? 俺のものになる? 何されても逃げないね」と、とにかくもう逃げられないように何度も言質をとるんです。
多くのBL作品、そしてBLに限らず恋愛作品において、”相手の気持ちや自分の気持ちが信じきれない/二人の将来に不安がある/相手の期待に応えきれない自分を想像するとやるせない”等の理由で、相手から/相手の気持ちから逃げる、という流れがよく描かれます。しかし、この『にいちゃん』はそういうのとは少し違う感じがするんです。
景もそうですが、終盤二人が無事結ばれた後にゆいも「もう逃げないって約束できる?」と景に諭すんですよね。二人してどんだけ相手に逃げられるのが怖いんだろうって思うんですけど、逆に相手が逃げたくなるようなことを自分がしているという自覚があるのかもしれないと思いました。
私がこう思い至ったのは、同作品のドラマCDのキャストトークで、景を演じられた加藤将之さんが「演じていく中でゆいの愛が怖いと感じた」というようなことを話されていたのを聞いたからです。
ゆいは小学生の頃セックスが怖くなって景から逃げ出したことをずっと後悔していて、もう一度景に会いたくて街を徘徊して必死に探して、そしてやっと再会できたと思えば今度は嬲られてひどいこといっぱいされるのに、一貫してずっと景のことが好きという超一途というか、ちょっと妄信的ともいえるくらい景を愛しているのです。
景は昔幼い自分に手を出してきたおじさんをずっと想っていて、けどおじさんは逮捕されたし娘もいたしもう20年弱会ってない。行き場のない強い思いを、かつておじさんが愛してくれた自分と同じくらいの少年を愛でることで慰めようとしていました。そして少年・ゆいに逃げられたのを裏切りと感じ、また失意の闇に落ちていく。
景は幼いゆいを可愛いとは思っていましたが、おそらく愛してはいなかったでしょう。再会した後もゆいを捌け口にはしていても愛してはいない。つまりゆいの片思いなんですね。
景はそもそもゆいに愛される覚えがないというか、ゆいが幼い頃レイプしかけて、再会してなおゆいにひどいことばかりする自分が、どうしてゆいに愛されるのか訳が分からないと思うんです。
しかしそれでもゆいの愛は確かに本物なのです。
「・・・俺は ゆいの人生をまげちゃったのかな」
「うん、責任・・・とってほしいなあ・・・
にいちゃんと一緒になれるなら 俺は全部捨てる覚悟があるよ」
「・・・・・・・・・」
「明日もくるね
愛してる」
ゆいの愛が一気に景をめがけて流れ出すのは、景の過去を知ってからです。
ゆいのクラスメイト・舞子が、なんと景の好きだったおじさんの娘で、舞子の父であるおじさんと、景がどういった経緯で愛し合って別れることになったか知りました。
それらを見て「景が自分にひどいことばかりしていたのは、誰かに愛されたくて仕方なかったのに勇気がなくて自分を捌け口にしていたからだ」という結論に行き着いたゆいは、「自分が景を愛してあげるのだ」と一気に決心し、強硬手段に出ます。
漫画で読んだときはそこまで感じなかったんですが、ドラマCDで改めて聴くと、確かにゆいの愛は怖かったです。笑 声優さんすごい。
愛って人を追い詰めるんですね。勉強になりました。
作者のはらださんの他の作品もいくつか読んでいるのですが、この『にいちゃん』は特にすごく好きな作品になりました。
はじめはちょっとショッキングかなと思ったのですが、繰り返し読みたくなる魅力があって、読めば読むほど心に残っていくのです。
どうしてこんなに好きになったのか思い当たる節は1つ、登場人物がすごく好きだからです。
特に舞子。舞子は可愛くて利発で気の利く女の子ですが、すごくしたたかで実はそんなにいい子ではない、しかしそこがとてつもなく魅力的な人です。
ゆいも好きです。最初は暗くてすっきりしない奴だと思っていたけれど、景への愛を加速させるうちに、すごくくえない奴になって、色気も増した気がします。
景も、やっぱりちょっと気持ち悪いけど、彼が抱えてきた葛藤や耐えてきた受難を思うとどうしても嫌いになれないし、世の中に馴染みたくても馴染めないつらさに共感を覚えます。マイノリティの権利ってなんなのか、景の半生は私たちに厳しく問いかけてきます。
漫画は漫画で素晴らしいし、ドラマCDはドラマCDで優れた作品ですが、両方読んで・聴いてさらに大好きな作品となりました。おわり。