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れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

90年代に子供だった私たち『岡崎に捧ぐ』

昨日なんのけなしに手に取った漫画が結構面白かったです。

岡崎に捧ぐ 1 (コミックス単行本)

岡崎に捧ぐ 1 (コミックス単行本)

 

1巻しか読んでないですけど、自分の世代とドンピシャかかなり近くて、懐かしいけどどこか残酷なお話でした。

作者の山本さほさんはおそらく私と同い年か少し先輩くらいだと思います。

このコミックはエッセイ漫画で、山本さんが小学生のころのお話が第1巻でした。

小4のときに岩手から横浜に引っ越してきた山本さんは、同じクラスの少し風変わりな女子・岡崎さんと、ひょんなことから仲良くなり、彼女と青春を過ごします。

小学生時代の山本さんはあんまり女子女子していない印象の子で、ゲームしたりジャンプ読んだり(「なかよし」も好きだったらしい)新しい遊び(キムタクゲームとか)を考案したり、さばさばしていてアホなことが大好きな面白い子だったようです。そして絵が上手で、このころから漫画家になるという意識があったみたいですね。

そんな山本さんとたいてい一緒にいる岡崎さんは、いつも半裸で自宅にいる父親と普段何をしているのかわからないワインばかり飲む母親とヒステリーな妹の4人家族で、小汚いが無法地帯で自由な家に暮らしている、優しくてひかえめな女の子。

山本さんの突飛なアイディアを面白がって一緒に楽しんでくれる懐の深い彼女も、色気づかない独特の女子ですね。

他にも「あ~こういうやつクラスにいたかもな」という感じの個性的なキャラクターがたくさん出てきて、90年代の小学生あるあるを面白おかしく描いた作品でした。

 

この漫画でたくさん出てくるゲーム機やゲームソフト、ジャンプやコロコロ、バトル鉛筆やハイパーヨーヨーポケモンのカードやシールやたまごっちなどなど、私が小学生の時も周りで持っている人がいたり話題になったりしていました。

私も少しは興味があって、たまに母親がパチスロの景品でゲームやヨーヨーをとってくれたり、拾ったバトル鉛筆をとりあえず持っていたこともありましたが、ポケモンは初代すら最後までクリアできないまま失くしてしまったし、ヨーヨーも遊ぶよりも分解するほうが楽しかったし、ジャンプやコロコロよりはりぼんや花とゆめやLaLaや別冊フレンドのほうが好きでした。

こうして振り返ると、自分ってもともとめっちゃ女子脳だったんだなと思いました。

 

作中のエピソードで、クラスのトップヒエラルキーの女子2人が喧嘩をして、他の女の子たちがそれぞれどちらの味方になるかで決選投票することになり、山本さんが「めんどくさい」といって岡崎さんと2人だけで中立票を入れた話があるのですが、とても感心してしまいました。

私も26歳の今なら山本さんと同じことをしたと思います。やっぱりめんどくさいし、別にどちらかの大きな力に迎合しなくても日々を楽しくやっていける自信があるからです。

でも、小学生の頃の私は違います。特にこういう問題がよく起きる小学校高学年のころ、女子(とくに少しマセた子)グループは定期的に誰かがハブられ、そこから化学反応が起き新たな人脈が生まれるというループを繰り返しており、常にギスギスした雰囲気があったのを覚えています。

今日仲良しだったあの子も明日何かが変わって敵になるかもしれない、そういう世界が女子の世界でした。

私も小5くらいまではそういう波の中でぐるぐるしていましたが、小6のとき、私にとっての”岡崎さん”みたいな人ができて、それからはだいたいその子と2人で本屋で立ち読みしたりアニメイトに行ったり絵を描いたり、2次元趣味に没頭していました。(ちなみに私も”漫画クラブ”に入っていたことを思い出しました)

でも、山本さんたちみたいにさばさばはしていなかったです。作中でも言及されていましたが、りぼん派・なかよし派で分けると私は完全にりぼん派の女子でした。りぼん作品はそこまで読んでなかったですけど。もっと詳しく言うと私は白泉社派でしたけど。

小学校高学年のころはpopteenとかのファッション誌を読むのが好きだったし、ルーズソックスとかも好きでギャルとかに走り始めていましたね。。

そんなマセガキだった私は、大人になった今、小学生の山本さんに凄く共感できるし好感が持てるようになっていました。

同じクラスに同じタイミングで居たら、タイプが違くてたいして興味を持たなかったかもしれないですが、今になって見ると、背伸びしてマニキュア塗ったりコロンをつけたりするよりも、自分の頭で考えて面白いことだけを追求している山本さんみたいな子供のほうが、成熟しているように見えます。

 

あとがきもまたよかったです。

世の中には子供だから気付けないことと、大人だから気付けないことがある。

小学校のクラスメイトの家に遊びにいくといつもいる若い男性、この人は誰なんだろうと不思議に思いながら挨拶をしてたけど、大人になりアルバイト帰りのバイクに乗っている途中に突然気付いた。「あ!あれおばちゃんの彼氏か!!」

そんな感じの「今思うと」はたくさんある。

今思うとおかしなことを言うのでみんなが避けていたあの子は、ただみんなより頭が良いだけだったと思う。

今思うと授業中に白目を剥いで倒れてみんなの気を引くあの子は、両親がいなくて寂しかったんだと思う。

今思うとあの子が大人たちから煙たがられているのは、家族ぐるみで変な宗教にハマっていたからだと思う。 

子供のころのことに限らず、一定の時間が流れた後の物事には「今思うと」が溢れていますよね。

私も、今思うと過剰なくらい女の子でした。

それがどうして、今ではこんなに”女の子”が苦痛なのだろう。

 

この作品は過去の話を描いたものではありますが、ただノスタルジーに浸るだけでもなければギャグだけで終わるものでもない、かといってセンチメンタルでもなくて、子供のころの体験を生き生き描きながら浮き上がる「今思うと」をざくざく突き刺してくる、そういう作品だと感じました。

続きも読もうと思います。おわり。