複雑な面白さを持つ漫画に出逢いました。
見ていてどことなく不安になる絵柄や、若干引くほど不幸な登場人物たちが織りなす群像劇が不思議な可笑しみをはらんでいて、なかなか癖になりました。
主人公の枯巣公志(33)は個人タクシードライバーで、退屈な自分の人生に張り合いを出すために、タクシーのトランクに自死できる規模の爆弾を積んでいます。
僕は望みどおりに行動して 望みどおりの生きかたをしている
じゃあ今の僕は幸せか?
イヤ…人生に飽きている…
だったら自分で張り合いをつくるしかない……
いつでも死ねる切り札をもつことで、自分の人生に張り合いを持たせようとする思考は結構共感できました。
終わりの見えない仕事だとやる気が湧かないけど、退職日が決まった瞬間軽やかな気持ちになり、あれほど面倒だった業務も普通にこなせるようになる、みたいな。
いずれ自分と関わりがなくなることがわかっているものへの、無責任になれる楽さ。
終わりがコントロールできることで生まれる前向きな気持ち。
枯巣がどうやって爆弾を手に入れたかは不明ですが、先日世間を賑わせた元首相銃撃事件の犯人は銃を自作したそうですよね。
いままでまったくそういう発想が無かったので知らなかったですが、銃って手製できるんだ〜とちょっとした発見でした。
銃で死ぬという選択肢も(大変だとは思うけど)あるんだなぁと。日本にいながらでも。
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トランクに爆弾を載せたところで枯巣の人生に一気に張り合いが生まれたかというと、まったくそんなことはないです。
ただ、たまたまタクシーに乗せた劇団員のアルバイト・目白有希子(28)から演劇のチケットをもらったり、たまたまタクシーに乗せたAV監督・阿尾地拓(37)の思いつきに巻き込まれたついでにAV女優の川島鈴芽(24)と観劇デートすることになったり、たまたま出会ったソープ嬢・林𣴎美(20)が詐欺師に騙されていることを知り、放っておけなくて元ヤクザのチンピラ・途毘陽平(33)を問いただすうちに一方的に友達扱いされたりと、
それまで家族も友人もなく静かで退屈だった枯巣の日常がざわつき始めます。
枯巣も含めたこの登場人物6名が、ほんとそれぞれどこかネジが外れた(もしくは外れかけてる感じの)思考回路を持っていて、でもすごく親近感が湧いて憎めなくて、それでもって皆不幸なんです。
しかもその不幸が結構皆引くレベルでエグくて、飲み会とかで話を聞いたら場が凍るタイプの笑えない不幸です。
そんなに不幸なのに、この独特のタッチで描かれると、ちょっとクスッとしてしまったり。これは作者の才能ですね。
「笑いに昇華する」とかそんなレベルではないです。別に大爆笑できるような物語でもないし、ギャグ漫画になっているわけでもない。エピソードだけ読んだらほんとにただただ不幸なだけです。
でも、その悲惨さを絶妙に可笑しく描いています。これはぜひ読んで体感してほしい感覚です。
不幸って、笑い飛ばしてもらったほうが楽になるタイプもあれば、笑った奴は全員殺したくなるようなタイプもあるので、何でもかんでもライトに描けばいいってもんでもないじゃないですか。
でも、ただ同情して悲しい顔をされてもやっぱり救いは全然ないとも思うので、結局はこうして物語化してエンタメにするのがいいのかもなーと思いました。
不幸があってはじめて物語に奥行きが出ますからね。
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イヤな奴だと思いつつ、元ヤクザの途毘が結構好きです。絶対関わり合いたくないけど、物語をうんと面白くするキーマンです。
さすが詐欺師として稼いでいるだけあって、他人の心を揺さぶるのがとても上手い。
特に好きなシーンが、枯巣との2回目のタクシードライブで奥多摩に行くところです。
何故タクシーに爆弾を積んでいるのかを訊かれた枯巣が「死は救済」と言い放ったとき、途毘は核心をついてきました。
「枯巣ちゃん あんたはまず誰かの人生に深く関わるべきだ…
人の人生を知らない独りよがりのナルシスト野郎だからな……」
「…ナルシスト野郎?
なんでそんなことがわかる…僕のコトをほとんど知らないだろう?」
(同上)
確かに途毘は枯巣のことを全然知らないですが、それでも枯巣は“人の人生を知らない独りよがりのナルシスト野郎”に他ならないのです。
そして枯巣も図星だったので、途毘のこの言葉が心に残っており、1巻終盤で川島鈴芽に告白された際に背中を押されOKをしたのでした。
うーん、途毘、恐るべし。
まあでも、枯巣や私のように、家族も友人も(もちろん恋人も)いない人生を長年送ってきた三十路過ぎなんて、すべからく“人の人生を知らない独りよがりのナルシスト野郎”になってしまうと思いますね。だからこの台詞は刺さる人多いんじゃないかなーと思います。
そしてこの救いのない言い回しがやけに気に入ってしまいました。自己紹介文に使いたい(自己紹介する機会がないけど)。
独りよがりの、夢も希望もない毎日を送っている人間が読んで、何か救われる漫画ではないかもしれません。
ただ、エンタメとして、物語として面白く、漫画としてもじわじわ効いてくる妙作だと思います。おわり。