先日Twitterでトレンド入りしていたpixiv上のWEB漫画『売れっ子漫画家×うつ病漫画家』が面白くて、どハマりしました。
この漫画を"趣味で"描いているという作者の溺英恵氏は、商業漫画家・江野スミ(朱美)先生としても活躍されているそうな。
そこで江野スミ作品も読んでみよう!と手に取った『亜獣譚』が、熱量高すぎてこれまたすっかりハマってしまいました。
あらすじは以下。
第3回 次にくるマンガ大賞 Web部門入賞。
その愛には獣の臭いが染み付いていた——
男の名はアキミア。
職業、害獣駆除兵。
女の名はソウ。
職業、衛生兵。
獣を喰らう男と愛を知る女、
この二人の出会いの先にあるは安寧か破滅か…。
鬼才・江野スミが描く新境地、ハードアクションファンタジー開幕!
(裏サンデー作品ページより)
セリフの一つ一つ、登場人物のキャラクター性と彼らそれぞれのエピソードの一つ一つがめちゃくちゃ濃く・重く・強烈で、面白いけど読むのに気力を使いました。
画力も素晴らしく強くて、読み終わった第一印象は「とにかく濃い漫画だったなぁ」でした。
愛と友情、正義とは何か、善と悪、正常と異常、性についてetc...
内包されているテーマもてんこ盛りです。むしろ全部のせって感じ。
なのですが、
ラストはやさしいハッピーエンドで、後味はとてもさっぱりしているのです。不思議~。
読んでいる間はとにかく物語に引き込まれて、同時に登場人物たちと一緒にあれこれ考えさせられるんですが、
読み終わった後は「あ~面白かった」ってあんまりうだうだ考えなくて済んでます。
少しもったいない気持ちもしましたが、あくまでエンタメに徹した作品なのかもしれません。
最近仕事や親族関係で煩わしいことが多々あり、とにかく2次元に逃げ込みたい気分なので、
思考を根こそぎ持って行って没頭させてくれる、強烈に面白い作品というのがとにかくありがたいです。
おかげさまでこの数か月は面白い漫画にたくさん出会えているので、なんとか生き延びられています。
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この作品はとにかく世界観や設定が山盛りなので、一つ一つ掘り下げると何時間あっても足りない感じなのですが、
個人的に「おお」と思ったのは、中盤から出てくるエドゥルという国のあり方についてでした。
主人公・アキミアたちの暮らす国・ノピンよりも数段科学技術が進んでいるエドゥルには、人間と遜色ないアンドロイドが1,000万人暮らしており、オーガニックな人間は1,000人しかいません。
古風な街並みですが、目に見えるもの全てはインターネットにつながっていて、センサーで位置情報が常に取得されています。
国の人口の大半を占めるアンドロイドの中には、他国で死亡した後に献体として運ばれエドゥルの蘇生術を受け、オーガニックな人間だった頃の記憶を受け継いだままアンドロイドとなった人もいます。
かつてアキミアの幼い頃、彼の目の前で殺されたシュンカ姉ちゃんもその一人。
14年ぶりに再会したシュンカ姉ちゃんに、なぜノピンに帰国しないのかとアキミアは問いました。
その答えは「そっちの国の法律じゃ 身体のほとんどが人工物の人間は 生きてる人間だって認めてくれなくてさ」というものでした。
だから死亡届を取り消せないし、戸籍も取れないから家も借りられないと。
哲学の思考実験そのもののストーリー展開でした。久々にこの感覚を味わいましたね。
4巻の終盤でこのエドゥルのあり方とアンドロイドと人間の違いについての会話シーンが出てくるのですが、実に興味深いです。
オーガニックな人間がお年寄りに席を譲るのは「親切」で、アンドロイドがお年寄りに席を譲るのは「模範的で教科書通り」と捉えられるとか。なるほどなぁ。
オーガニックな人間だって思考せずに機械的に行動することだってあるのに、オーガニックな人間であるというだけで、行動は心情(動機)と結び付けられてしまうんですね。
アンドロイドはその逆で、心の働きから生まれた行動でも、プログラム処理の結果としか思われない。
さらに、オーガニックな人間が人口減少した社会で、「人権のない働き手がほしい」企業がエドゥルからアンドロイドを買っていくという話も面白いです。
アンドロイドには人権がないという前提があると、エドゥルのようなアンドロイドが多数の国はただの「工場」にとどまり、独立した国になりきれないと。
人権を持つアンドロイドと人権を持たないアンドロイドが両方存在するのかもしれないけど、その境界線って何を持って定義するのか?答えは果たしてあるのでしょうか。ああ面白い。
アンドロイドの人権はセンシティブな問題ではあるけれど、私はエドゥルみたいな国があったらそこで暮らしてみたいなぁと思いました。
人権があるはずのオーガニックな人間を人権無視して働かせる企業が横行する現代日本みたいな国よりは、人口の99.99%がアンドロイドで福祉が充実しているエドゥルの方がはるかに暮らしやすそう。
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エドゥルの話は物語の本筋というほどでもないんですが、その1エッセンスを取り出すだけでも楽しい作品でした。
これだけ色々詰め込まれているので、読んでいる間脳みそは絶えず刺激を受け続けることができます。
それでいて、最後は爽やかに優しいハッピーエンドなんですから、実に素晴らしい優れたエンターテイメント作品だと思います。
笑えてヌけて思考実験できる、地獄と天国の両方を味わえる濃ゆ〜い漫画でした。おわり。