れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

ルーティーンワークの孤独:『オールドファッションカップケーキ』

私はまったくもっていわゆるparty people略してパリピではない、のですが

今年の夏はフェスもなければ花火大会も縁日もない、そのことに非常に憂鬱になっていて大変気分の晴れない日々を過ごしています。

別に毎年海辺でBBQしていたわけでもキャンプに繰り出していたわけでもないのに、例年たいした夏は過ごしていなかったはずなのに、どうしてこうも落ち込むのか不思議でたまりませんでした。

そんななか、昨日読んだ佐岸左岸『オールドファッションカップケーキ』の中にその答えの一欠片を見たような気がしたので記録しておきたいと思います。

主人公の野末さん39歳独身男性は、おしゃれな平屋の一軒家で慎ましく暮らしていました。

端正な美形で仕事もできて小綺麗な野末さんは、年を重ねるごとに小さくまとまったルーティーンワークな日々を送るサラリーマンです。

柔らかい笑顔と人当たりの良さで職場の信頼も厚いし、女性にもモテるのに、本人の意欲が低いせいでかわり映えのない毎日を送っている野末さん。

他人と深い関係になったり、

新しいことに挑戦したり、

そういうことが面倒になった。

 

その面倒を楽しめないことを

年齢のせいにして、公私共に

ルーティーンワークばかりしている。

(佐岸左岸『オールドファッションカップケーキ』大洋図書 2020.1.4)

そんな憂鬱を抱える野末さんの10歳年下の部下・外川は、憧れの上司・野末さんの憂鬱にいち早く気づきました。

出先の駅で女子高生2人組がおしゃべりしたり自撮りしたりする様子を見て「楽しそう、羨ましい」と呟いた野末さんに、外川はすかさずある提案をします。それは、女の子ごっこという名目で、若い女性に人気のパンケーキ店に行くこと。

 

その日の昼休み、早速パンケーキを食べにカフェに来た2人。女性客ばかりでうろたえる野末さんに、外川は辛辣な指摘をしました。

野末さんが新しい経験や恋愛ごとを面倒に感じるのは、本当は恐怖心の裏返しであると。

「恋愛するのも、

昇進して 新しい仕事を任されるのも、責任が重くなるのも、

こうやってパンケーキ食べるのすら、こわいんでしょう。

 

四十路手前で仕事以外 何も無い自分に気付いて、

でも何をしていいのか 何がしたいのかもわからなくて、

(中略)

わからないまま新しいことをして失敗するのがこわくて、

 

このまま三十代を終えようとしていることがこわくて、

今まで仕事に情熱注いできたことまで後悔してるんでしょう。」

 

(同上)

図星を突かれて反射的に立ち上がった野末さんでしたが、あまりに的を得ていた外川の指摘に落ち込みます。

外川はそんな野末さんを励まし、自分がいかに野末さんを尊敬しているか、どれほど野末さんに元気を取り戻してほしいかを力説しました。外川の真摯な訴えに心打たれた野末さんは、外川の提案を受け入れ、少しずつ変わらなければという意識が芽生えます。

 

それから週末ごとに、野末さんと外川は”女の子ごっこ”による色々な初体験のために、オシャレなカフェやスイーツを求めて連れ立って出かけるようになりました。

生活に新しい楽しみができた野末さんは、目に見えて明るく変化します。

部下たちに「野末さん、なんだが最近元気ですね。何かいいことあったんですか?」と聞かれるほどに。

 

さらには頑なにガラケーを使っていた野末さん、ついにスマホデビューも果たします。

まだ慣れないスマホのカメラと格闘しつつ、いつものように外川とオシャレなカップケーキをつついていた時、野末さんは外川のアンチエージングセラピーが大成功していることに言及しました。

「 女の子だから楽しいとか、若いから楽しいとか、

そういうことじゃなかったかなって。

(中略)

俺には仕事を通して得たものが沢山あるのに、それが見えてなかった。

外川が色んなところに連れてってくれたお陰で

目の前しか見えてなかった脳味噌の老眼が治ったと思う。」

 

(同上)

”脳味噌の老眼”ってとてもいい表現だなぁと思いました。

かわり映えしない日々を送っていると、脳味噌の老眼が起こって色んなことが見えなくなるんですね。

見えるものが少ないと不安になります。自分には何もなく思えて途方にくれるし、何もないまま同じような日々を生き延びなければならない事実に辟易します。

変化のない日々、刺激のない日常に溺れて、生きることがより憂鬱になっていく・・・。

 

ライヴとかフェスとか、夏祭りとか海水浴とかっていうのは、単調な日常に刺激と変化を与える脳味噌の栄養だったんです。

今年の夏の鬱屈とした気分は、その栄養を享受できなかったために起きている栄養失調みたいなものなのだと思い至りました。

 

今年はこの先もこんな調子の栄養不足がつづくのだと思います。

少しでも脳味噌の老眼を防いで精神衛生を保つために、可能な範囲で野末さんたちのように新しいことを生活に取り込みたいです。

行ったことないカフェでも、少し気おくれするニュースポットでも、やったことない習い事でもなんでもいい。

ルーティーンワークで雁字搦めになってろくでも無い考えにとらわれる前に、どうか少しでも明るい方へいきたい、そう強く思いました。

 

***

 

この漫画はストーリーも非常に良いですが、出てくる服や小物や家具一つ一つがとてもおしゃれで見ていて気持ちがいいです。

野末さんの家みたいな部屋で暮らしたいなぁ。おわり。