れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

生まれてくるとこ間違えたねって:『マイ・ブロークン・マリコ』

昨日書店でデザイン技工に関する棚をぼーっと見ていて、そこに『新しいコミックスのデザイン』という本があり、手に取りました。

新しいコミックスのデザイン。

新しいコミックスのデザイン。

  • 発売日: 2020/06/23
  • メディア: 大型本
 

表紙の山本さほさんの絵に惹かれて読んでみると、このブログでも話題にあげた数々の漫画の装丁デザインについて、タイトルのフォントやレイアウトなど事細かに解説されていました。

私は仕事でバナーやポップアップのデザインをするとき、ゲームやアニメのWEBデザインやパッケージデザインからモチーフや配色を考えることがよくあるので、この本もとても勉強になりました。

 

そんなデザイン事例の一つとして載っていた平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』の表紙が、何故か脳裏に焼き付きました。

黄色と水色の配色がすごく良いなと思ったのと同時に、外国っぽい癖のある女性の絵柄と、くわえタバコで遺骨を抱えるシュールなイラストにとても興味をそそられ、早速読んでみることに。

想像以上にいい話で、じんわりと心の栄養になる感じの物語でした。

 

***

 

2人のヒロイン、マリコとシイノは子どもの頃からの友人です。

マリコは泣きぼくろが印象的な可愛らしい女の子で、シイノは少しはすっぱな印象の、制服姿でもいつもタバコを吸っているような子でした。

不思議なバランスでとても仲の良い2人。中学生だったある日、2人は夕方公園で花火をしようという話になりました。

約束の時間を過ぎても公園に来ないマリコを家まで迎えに行くことにしたシイノ。そこでシイノはマリコの壮絶な家庭環境を目の当たりにしました。

 

ゴミだらけの狭いアパートで酒浸りの暴力親父にボコボコにされたマリコが玄関から申し訳なさそうに出てきたときの、苦しく切ない感じ。

私は虐待とか家庭内暴力の話が結構苦手です(得意な人いないと思いますが)。

是枝監督の『誰も知らない』とか観ると、かなりダウナーな気分になって鬱々としたまましばらく立ち直れません。ふみふみこ『愛と呪い』も未だ読み切れていないです。

誰も知らない

誰も知らない

  • 発売日: 2016/05/01
  • メディア: Prime Video
 
愛と呪い 1巻: バンチコミックス

愛と呪い 1巻: バンチコミックス

 

 

私は児童虐待は受けたことがないし、同級生の中でもそういう人を見たことがありません。身近に事例がないことはいいことだと思います。けれど、実際に見たことのない暴力が確実にこの世に存在していることは、ニュースや本その他いくらでも知ることができて、その不気味さと不条理さ、「なんで?」という強い疑問は心の均衡を崩します。

 

昔食品工場で働いていた頃、休憩時間にテレビのワイドショーで児童虐待で亡くなった女の子のニュースが流れていたときのことを思い出しました。

テレビを見ていたおばちゃんたちが「本当に酷い話だね。生まれてすぐこんな痛い思いばかりさせられて死んじゃって、何のために生まれてきたのかわからないよね」とか、「自分が腹痛めて産んだ子なのに、本当に理解できないね」とか口々に言っていたのを覚えています。

おばちゃんたちはみんな結婚してて子供も成人していて、孫までいる人もいました。普通のまっとうな感じの人が大多数で、腰が痛いとか膝が痛いとかボヤきながらも明るく元気な人たちでした。

 

まだ若かった新社会人の私は、そういうまっとうな意見を素直に受け取る能力がありませんでした。

「何のために生まれてきたかなんて、虐待されててもされてなくても関係なくわからないじゃん」と思っていたし、いくら自分が腹を痛めて産んだって、必ずしも可愛がれるとは限らない、所詮自分以外は他人だと考えていました。

今回この『マイ・ブロークン・マリコ』を読んで、おばちゃんたちが言っていたのはそんな分析哲学みたいな問いじゃなく、もっと原始的なレベルの話だったんだなとやっと気づくことができた気がしました。

 

***

 

実の父親に子供の頃から立て続けに殴られ蹴られ、挙句高校生になったら強姦までされて、精神的に壊れるしかなかったマリコ

それでも何とか生き延びられたのは、シイノが唯一の心の拠り所として存在してくれていたからだと思います。

「お前が悪い」と言われ理不尽な仕打ちを受けづつけ、学習性無力感で動けないマリコのかわりに、シイノが全力で怒ってくれる。それだけがマリコの救いでした。

けれどシイノはただの友人であり、いつか恋人を作って自分の存在が薄れてしまうかもしれないという恐怖を、マリコはきっと死の最後の瞬間まで拭えなかったと思います。

 

いつ自殺したっておかしくないくらいの不幸にボコボコにされていたマリコが、どんなきっかけで我慢の閾値を超えて自殺に至ったのか、真相は描かれていません。

事実だけを並べるとひたすら悲惨な話なのですが、主人公のシイノのパワフルさが物語全体を強い力で救っていて、読後感は良いです。良いというか、辛くならない。

マリコの遺骨を忌々しい実家と父親からもぎ取り、抱きかかえながら海へ旅するというプロットも素敵だし、シイノをはじめとし登場人物や数々の出来事や回想シーンがきちんとカタルシスとして機能していて、本当によく練られた作品だなぁと読み返すたびに感嘆します。

 

作中にも出てきますが、「生まれてくるとこ間違えた」という事態は本当にこの世に腐る程あると思います。

どうしても生まれる側は生まれる世界や環境を選べない。

どうしても救えない不幸がこの世にはあると思います。

間違えたねって受け入れるのも悪いことじゃないと思います。それで死にたくなって死んでも仕方ない。

でも、もし生き延びるなら、何かしら救われる意味づけがないとつらい。

救いと希望が同じものか違うものかわからないけれど、そういうものがないと、人は生きられないなと感じました。おわり。