れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

成長と魅力:『美しい彼』

8月から(また)職場が変わりました。

と言っても今回は転職というよりは異動で、同じ会社ではあるのですが業務内容も勤務地も大きく変わって、人口増の東京まで毎日30分くらい電車に揺られて通勤するようになりました。

ここ数年は家から職場まで徒歩15分とか自転車で15分とかだったので、まあまあ長い時間手持ち無沙汰になるというのは久しぶりで、車窓の外を眺めたりすることもなくはないですが、基本的にはKindleで本を読むことにしました。

慣れない仕事や人ごみで疲弊した頭には、夢中になれる物語がとても良い薬になります。

今月とにかく夢中になったのが凪良ゆう『美しい彼』シリーズです。

美しい彼 (キャラ文庫)

美しい彼 (キャラ文庫)

 

ボーイズラブはこれまで漫画とアニメとゲームとドラマCDで楽しんでいましたが、ついに小説にも手を出しました。

小説を読んでみると、漫画よりコストパフォーマンスが良くて驚きます。

 

吃音もちで小さい頃から虐げられて根暗に育った男子高校生・平良と、同じクラスの圧倒的美貌をもつ孤高のキング・清居が、スクールカースト特有の主従関係を超え、すれ違いながらも惹かれ合い、大学生になってから恋人同士になり、互いに刺激を受けながら成長していくラブコメディです。

 

まず登場人物のキャラの立ち具合が素晴らしいです。著者の凪良ゆう先生が「気持ち悪い攻めが好き」とあとがきで再三豪語されるように、主人公の平良の狂信的な清居愛と度を過ぎたネガティヴさがおかしくって、またそれにいちいちツッコミを入れる清居の言葉のセンスが秀逸で、電車で読んでいてもクスクス笑ってしまいます。

また、そんなボーイズラブ特有のギャグセンスもさることながら、登場人物たちが確実に人間として成長していく様がとても迫力に満ちていて、それが作品全体の魅力となっていると思いました。

 

平良は幼い頃からの吃音によって根暗でコミュ障でプライドは高いけれど自分に自身が持てないパッとしない高校生でしたが、清居に一目惚れし彼に忠誠を誓ってから、徐々に自身の殻を破っていきます。

清居の存在をフックにすると、ただの自分ではできなかったことができるのです。調子に乗った勘違いクラスメイトをタコ殴りにもしてしまうし、刃物を持った危ない芸能人ファンにも応戦して取っ組み合いするし、苦手とするリア充集団の飲み会にもなんとか出席するし、知り合いの全く居ない打ち上げにも顔を出せる。清居の命令なら、清居を守るためなら、清居を一秒でも長く自身の瞳で見つめることが許されるなら、平良はどんな無茶もやってのけます。度を過ぎたレベルの愛の力。平良の格言「見つめることは愛」。

 

そうして知らず識らずチャレンジを積み重ねるうちに、平良は有名カメラマン・野口に見初められ秘蔵っ子のアシスタントとして仕事を始め、ついには個展を開くまでになりました。

もともと内向的で自己肯定感や自己効力感の極端に低かった平良が、びくびくしながらも清居や野口の言葉に突き動かされ前に進もうとする描写がとてもよかったです。

というか皆すごくいいこと言うんですよねぇ。特に野口カメラマン。名言製造機みたいです。

平良がまだ野口の正式な弟子となることに躊躇していて一アルバイトに甘んじていたとき、卑屈の中に傲慢な自信を隠し持っていることを指摘され顔を真っ赤にする平良に言い放った野口師匠の一言。

「乗り越えろ。恥をかかずに大人になったやつはいない」

(凪良ゆう『憎らしい彼 美しい彼2』徳間書店キャラ文庫) 

清居が先輩女優のスキャンダルに巻き込まれ、野口が助けてくれた一件での清居とのやりとり。

「清居くんは飛んだとばっちりだったけど」

「ほんと、いい迷惑ですよ。でもトラブルなんて努力しても避けられないし、だったらやっつけるスキルを磨くほうがいい。黙って殴られるのは性に合わない」

「若いのにメンタル太いねえ」

「仕事としては一長一短です」

「ああ、まあな。鈍感にならず強くいるっていうのは難しい」

たった一言だったのに、野口はこちらの言いたいことを正確に捉えた。ささいなことに引きずられて落ち込まない強さと、ささいな情感を汲み取って表現できる繊細さ。その両立。

(同上) 

”鈍感にならずに強くいるっていうのは難しい”って、すごく冴え渡った一文だと思いました。私はなんとか強くなって生き延びるために鈍感になる方を選んできたんだって、このくだりを読んで強く自覚したのでした。

カメラマンである野口も、俳優になった清居も、将来的にカメラマンになるであろう平良も、皆クリエイターであり、クリエイターは鈍感ではいいものをつくれない。かといって繊細なだけでは生き延びていけない。そのバランスって本当に難しいだろうなと思います。

 

また、辛辣だなぁと思ったのが下記のくだりです。清居を話題性だけでキャスティングして使い捨てるように見える有名舞台演出家・上田に対して、平良がぶつぶつ文句を言っているのに対する野口の慧眼。

「なんですかそれ。清居を都合よく利用するみたいに」

「都合よく利用してなにが悪い?」

野口は意地の悪い笑みを向けた。

「理想や綺麗事だけで上がっていけるほど甘い世界じゃないんだよ」

「で、でも上田さんは上がるとか、もうそんなレベルの人じゃないんでしょう?」

「そのとおり。上田さんが成功者なのは当たり前のただの現実。けどそうなるまでにひとつの挫折もなく上がってきたと思うか?どんなに才能があってもそれを使いこなす才覚がなけりゃ宝の持ち腐れだ。嫌いな人間とも笑顔で握手ができる器用さ、他人を利用して使い物にならないときは捨てられる冷徹さ、そういう自分に対する罪悪感や自己嫌悪、外側からの妬み嫉み陰口に折れないメンタルの強さ。それでも人を惹きつける人間的魅力。そういうもんがすべてそろって、初めてあのレベルの商業的成功ができるんだ」

 (凪良ゆう『悩ましい彼 美しい彼3』徳間書店キャラ文庫

才能と才覚。物語には”天才”と呼ばれる抜きん出た才能を持つ人間と、要領がよくクレバーな才覚の化身みたいな参謀系キャラがよく登場しますが、本当は才能と才覚を両方兼ね備えてうまく両輪を回している人が成功者なのだということに気づきました。現実世界で才能と才覚を併せ持つ人ってあんまり会ったこと無い気がします。まあ成功してる人がそもそも自分含めて周りにいないので当たり前か。

極め付けが、平良が個展を開くことにいつまでもびびってうじうじしているところをけしかける場面。

「じゃあ個展、年内にやろっか?」

「そ、そ、それは、もう少し考えさせてください」

「なにを考えるんだよ」

「いろいろと」

「賞関係なく、個展はいつかするもんだろうが」

「でも俺は今の状況で精一杯です」

「みんなそうだよ。毎日やらなきゃならないことをこなすのだけで精一杯で、新しいことやる余裕なんてないの。それでもやるの。みんな一緒。おまえだけがカツカツなんじゃない」

「そうでしょうか」

「そうだよ。おまえだけが特別じゃない。でも、おまえはそう思わないんだろう?」

意味がわからなかった。

「良くも悪くも、自分は『特別』だって自信がどっかにあるんだよ」

「な、ないです、そんなの」

焦る平良に、野口は皮肉っぽく口元を歪めた。

「ごまかしても無駄だぞ、実はもう八割くらい気づいてるんだろ。でも認めると逃げ場がなくなるから怖いんだ。まあ隠れてたっていつまでも怖いままだけどな。怖い場所から逃げたいなら走れ。怖いものが追いつけないくらい、全力で走るしかないんだ」

(同上) 

この「怖い場所から逃げたいなら走れ。怖いものが追いつけないくらい、全力で走るしかないんだ」はこの後ずーっと平良の意識に強く染み込み彼を突き動かすことになります。

 

現在シリーズで3巻まで出版されていて、その間にイケメン王様高校生だった清居はメンズモデルになり俳優になりこれから実力派として演技を磨く姿勢があり、底辺カーストの根暗高校生だった平良は有名カメラマンの弟子として技を磨き一カメラマンとなり個展を開くまでになった、と、両者ものすごいスピードで成長しました。

ここまでの展開の中で怖いことや悲しいことや辛いことは数えきれないほどあり、平良たちが思い悩み間違いそれを乗り越える様子が、物語の深みと広がりと夢中になるほどの面白さを育むのだと知りました。

私はこれまで、乙女ゲームやアニメや漫画も含め、魅力的なキャラクターというのは、皆突飛な性格だったり美しい見た目だったり才能があったり、そういう特殊で特徴的な要素を併せ持っているから魅力的なのかと思っていました。だから人間的魅力というのは持って生まれた人には溢れていて、そうでない人はモブキャラとして一生を終えるのだと。

けれど、3巻のあとがきを読んでそうではなかったのかと気づきました。

毎巻「気持ち悪い攻めが好き」という話題で始まる同シリーズのあとがきで、3巻はこう書かれています。

とはいえいくら好みでも成長しない人に魅力はないので、気持ち悪いなりに少しずつでも前に進もうとする平良、そして平良に振り回されながらも自分は自分の道を行く清居であってほしいとも思います。

(同上) 

「いくら好みでも成長しない人に魅力はない」。そうだったのか!!!と目から鱗でした。

確かによくよく考えてみればそうなのかもしれないと思いました。そもそも好みの人にしばらく出会っていないし、成長を目にするほど誰かと長い時間を共にすることが全くなかったので気づきませんでした。

しかし自己を省みると得心がいきすぎるくらいいくのです。自分に魅力がないことはわかっていて、それが何故なのか深く考えてこなかったけれど、成長しないからだったのか〜と。過去の日記とか読むと、あまりの無成長ぶりに呆れて笑えてくるくらいですからね。他人なら笑えないでしょうが、自分だとしょーもなさすぎてかえって面白いのです。

 

成長しない人に魅力はない。これは真なのでしょう。

魅力のある人は成長している。対偶ももちろん真です。

しかし逆はどうなのでしょう?裏は?

魅力のない人は成長しない、成長する人は魅力がある、これは果たして真なのでしょうか。頷きかけて、いや、ちょっと待てよと立ち止まってしまう感じがします。

魅力ってなんなんだろうなーと改めて考えました。

・・・なんて、こんな言葉遊びしてる暇があったらとっとと成長してみろって感じですかね。おわり。

 

ドラマCDがすこぶる評判がいいのでこれも聴きたいなーと思います。

ドラマCD 美しい彼

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