れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

自分に嘘をつく苦しさ:『君が望む永遠』

先日とあるネットラジオで声優の小野友樹さんが、ご自身が声優を志すまでのお話をしていて、「『君が望む永遠』というアニメを観てアニメの面白さを知り、主演の谷山紀章さんに憧れた」というエピソードを聴きました。

気になって早速『君が望む永遠』を視聴。平成のアニメにはまだまだ知らない良作があるものだと感慨深くなりました。

君が望む永遠 Blu-ray BOX

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原作は恋愛アドベンチャーゲームだそうです。

 

最初の2話くらいは、よくある青春物語のような明るい雰囲気です。

主人公の鳴海孝之は高校3年のある日、彼に長年片思いしていたというおとなしい同級生の少女・涼宮遥から告白されます。

孝之と遥には速瀬水月という共通の友人がいて、彼女の手助けもあって孝之と遥は付き合うことになります。

 

この水月が・・・彼女は本当は自分も孝之が好きなのに、親友の恋を応援してしまい、自分は失恋するんです。水月は自分の気持ちを見ないふりして自分に嘘をつき、孝之たちを盛り立てます。

でも、本当は孝之のことがすごく好きなので、ちょくちょく孝之にモーションをかけるんです。これが最初本当にあざとくて、見ていてイラッとしてしまいました。

だって、毎回孝之が遥との待ち合わせに行く途中に現れるんですよ。それで悩みを相談したり、自分の誕生日だと言ってプレゼントをねだったり(しかもよりにもよって指輪!)厚かましささえ感じました。それにいちいち付き合ってしまう孝之の能天気さにもやきもきしました。彼女ではない女に指輪を買うな、孝之!

 

しかし、悲劇と物語の本当の始まりはここからです。

まさに誕生日プレゼントとして(ねだられて渋々ではあるものの)指輪を水月に買ってあげたあと、少し待ち合わせ時間に遅れて駅前に着いた孝之は遥を探します。

すると何やら人だかりが・・・胸騒ぎがして近づくと、そこは事故現場でした。

現場は血まみれ、そして遥がいつもつけていたリボンがボロボロのまま落ちていました。

孝之が水月のわがままに付き合って指輪を買っている最中、孝之を待っていた遥は車に突っ込まれ重傷を負ったのです。

そしてそれから3年間、遥は意識不明のまま眠り続けますーーー。

 

この、遥の事故からのドラマティックさは「おおっ」と感嘆しました。

次の回は事故から3年後の孝之たちが描かれます。

孝之はフリーター、水月は会社員、彼らのもう一人の共通の友人・平慎二は大学2年生。皆成人しています。

孝之は遥と同じ大学を目指して勉強していたのに、遥の事故から引きこもりになってしまったせいで進学を諦めました。

水月は水泳部で将来の活躍を有望視されていたのに、遥の事故をきっかけに以前のように泳げなくなり水泳を辞め、就職の道へ。

 

再起不能に見えるほど荒れた孝之を愛の力で立ち直らせた水月は確かにすごかったです。水月の孝之に対する献身を見たあとだと、彼女にも同情できます。

その一方で、孝之を「お兄ちゃん」と慕っていた遥の妹・茜の憤りもよく理解できました。孝之と遥の恋を心から応援していた茜。茜は水泳部でもあり、水月のことも尊敬する先輩として慕っていました。

そんな大好きだった孝之と水月が、姉が事故により昏睡する最中、姉を裏切り恋仲になったのです。「卑怯だ」と怒鳴りたくなる気持ちもわかります。

 

指輪の一件もあり、孝之も水月も遥の事故に責任を感じています。

もしあの時、水月が孝之にちょっかいを出さずに、孝之が時間通りに待ち合わせに行っていたらーーー

でも、本当はそんなのは偶然です。遥が事故にあって本当に責任を負うべきは車で突っ込んできたドライバーです。それでも、孝之たちは自分たちを責めずにはいられない。

それって、後ろめたさがあったからだと思うんです。孝之は遥をちゃんと好きだったと思うけれど、心の奥底には水月を好きな気持ちも眠っていた。だから後ろめたいんです。

 

それでも前を向いて、それぞれ仕事ですれ違いがちだった孝之と水月は同棲を考え始めました。引っ越し先を探そうとしていた矢先、茜から孝之に連絡が入ります。

それは、遥が3年越しに目を覚ましたというものでした。

 

ここからさらに歯車が狂い始めます。3年ぶりに目覚めた遥はまだ脳機能に少し障害が残っており、3年前のまま時間が止まっていました。

遥にショックを与えないよう周囲の人間も3年前のように振る舞うことが要求され、茜は3年前の中学の制服に身を包み、孝之も受験生のふりをして振る舞います。

遥は大好きな孝之に会えたことでみるみる回復していきます。一方で水月は、孝之の気持ちが遥に再び傾いてしまうのではないかという不安に襲われ、どんどん疑心暗鬼になり荒れていくーーー

 

***

 

冒頭で書いた小野友樹さんのラジオトークで「アニメってもっと”萌え〜”みたいな(明るく能天気な)ものばかりだと思っていたのに、こんなにドロドロの人間ドラマも描くのかと驚いた」みたいなお話があったのですが、すごく納得しました。

ほんと、昼ドラも顔負けのドロドロ群像劇でした。

絵柄は2000年代らしい古き良き日本アニメの絵そのもので、音楽やテーマ曲も爽やかで切なくてドラマチック。また、孝之の一人暮らしの家に固定電話があったり、携帯電話も折りたたみの分厚いやつだったり、「ああ、平成序盤だなぁ」と懐かしくなるギミックもたくさんあります。テレビも四角くて大きいブラウン管でした。

でも、描かれる人間ドラマは時代を超えて心を打ちます。愛情と猜疑心、過去への羨望と喪失感、裏切りによる悲しみや憤りは、現代を生きる私たちと何も変わりません。

 

作品を見ながら「自分だったら孝之を許せるか?」「水月を許せるか?」「遥のずるさを許せるか?」とそれぞれの登場人物の気持ちに立って考え込んでしまいました。

でも、他人を許す気持ちも大事ですが、自分を許すこと・自分の気持ちに正直になることがまずは一番大事な気がしました。

悲劇のきっかけは、本当は遥の事故よりずっとずっと前。水月が自分の気持ちをしまって遥の恋を応援してしまったとこからだと思いました。

水月が自分の恋を隠さず、正面から遥と対峙していたら。また、孝之も遥から告白された時によぎった水月の顔を看過せずにもう一度立ち止まって考えを巡らせていれば。

所詮は”たら・れば”ですが、そういうちょっとした自己欺瞞が、折り重なってここまで拗れたんだなぁと感じました。

 

***

 

この作品はシリアスな内容ではあるものの、テンポの良い笑いの要素もきちんと入っていて素晴らしいです。

特に私は孝之のバイト先の同僚・大空寺あゆちゃんが好きです。金髪ツインテールで口がものすごく悪いけど実はいいとこのお嬢様っぽい彼女がめちゃくちゃな接客をしたり孝之に突っかかって「お前なんか、猫のうんこ踏め〜!」と叫ぶたび笑えました。こういうコメディ要素って、本当に大事だと思います。ありがとう大空寺。

 

最近、地上波でも数々の平成を代表するバラエティ番組が放送終了となったりして、一つの時代の終焉をひしひしと感じるようになりました。

この『君が望む永遠』が放映されたのは2003年だそうです。平成14年、私は中学2年生でした。

この頃典型的中だるみで学校もサボりがちで、家でインターネットに明け暮れてた日々を懐かしく思い出しました。

藍より青し』とか『WOLF'S RAIN』とか、夜中にこっそり起きてテレビのボリューム絞って観てたなぁ。ビデオ(!)も録画したりしてました。

私のオタクの原体験って、この頃だったのかもしれません。

そんな感じで最近”平成センチメンタル”におちいる方に特におすすめします。おわり。