れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

至上の愛。:『イトウさん』『I-イトウさん2-』

素晴らしいラブストーリーに出逢えました。 

イトウさん (EDGE COMIX)

イトウさん (EDGE COMIX)

 

 

I-イトウさん 2- (EDGE COMIX)

I-イトウさん 2- (EDGE COMIX)

 

胸のあたりがキュッとして、切なさで涙がこみ上げる、

こんな気持ちを生きている間にあと何回味わえるのでしょう・・・この作品は傑作です。

 

物心ついた頃から娼夫として保護者に使役され体を売っている少年・キョウスケと、

ある日キョウスケの前に現れ、毎週火曜日の常連客となったスーツ姿の男性”イトウさん”のラブストーリーです。

イトウさんは実は殺し屋で、これまでひたすら任務に忠実で自分の意思どころか名前さえない、コードネーム”I"という存在でしたなかったのに、

キョウスケと出会い自我が目覚め、キョウスケが当てずっぽうで呼んだ「イトウさん」を自分の名前として生きていくことにします。

 

仕事以外では人を殺すことを禁じられていたのに、キョウスケにまとわりつくたちの悪い客を自らの意思で葬ってしまうイトウさん。

自分を育ててくれた"ボス"の命令に背いてしまったことで、属していた組織から追われる身となります。

最初は自分の罪を受け入れおとなしく処分される気でいたのに、キョウスケに「会いたい」と言われたことで決意が崩れ、キョウスケを連れて逃避行します。

 

イトウさんはキョウスケに自分の欲望を全然ぶつけないんですよね。優しく見守っているだけです。キョウスケは生まれてこのかた誰にもそういう形の愛を向けられたことがないので、イトウさんのために何もできない自分が歯がゆくて不安になります。

イトウさんはキョウスケのためなら何だってしてあげたくて、でも人の心の機微に疎いところがあるので、自由になってと言って札束の山を差し出したりしてしまう。

互いが互いをこんなに想い合っているのに、うまくかみ合わないのが切なく、でもとても愛おしく感じました。心の底から彼らに幸せになってほしい気持ちでいっぱいになります。

 

イトウさんは途中でキョウスケに自分の財産を渡し、自由になって好きなことをするよう勧め、"ボス"への贖罪をなすため離れようとしますが、やはりキョウスケに「好き」と言われ離れないことを決心します。心も体も強く結ばれ、二人で”海が綺麗であたたかくて何もない”島国へ逃げようなどとロマンチックなことを言っていた矢先、ボスが自分の失敗作となったイトウさんを自らの手で処分すべく彼らの前に現れます。

 

この”ボス”がまた・・・難儀な人でした。続編の『I-イトウさん2-』ではイトウさんがコードネーム”I”として、ボスにいかにして育てられたかが描かれるのですが、ボスはイトウさんを愛していたのにそれを認めるのが怖くてうまく表現できなかった人です。

イトウさんの脳を処理してキョウスケの記憶を消したボスは、キョウスケを薬漬けにして部下にめちゃくちゃに犯させた挙句、最後に記憶をなくしたイトウさん自らにキョウスケを殺させようと銃を構えさせます。

でも、イトウさんからキョウスケを愛する気持ちを消すことは、ボスの最新鋭の技術をもってしてもできなかったのです。どうしてキョウスケを殺せないのか自分でもわからないイトウさんは、命令に背いているのにボスが自分を”廃棄”しない理由もわからず混乱します。この構図が素晴らしい。

イトウさんが自分にとって絶対であるボスの命令が下っていてもキョウスケを殺せない原理も、ボスが自分の命令をきかない失敗作となってしまったイトウさんを殺せない原理も、同じ「愛しているから」です。

「何故 再び 目覚めた」

「・・・・・・目覚め・・・・・・た・・・?

ボス・・・・・・僕に何が・・・・・・」

「 お前は命令に背き 幾度も同胞を殺めた・・・・・・何故だ」

「何故 僕を撃たないのですか

どうして躊躇している?

僕は処分されるべきだ 何故まだ生きている・・・・・・?

何故・・・・・・どうして僕は この子を殺せない・・・・・・

どうしてこんな・・・・・・

この子がこんなに 心の底から」

(『イトウさん』より)

イトウさんに感情が残ってしまっていたことと、その原因が自分がよく知らないたった一人の少年のせいだと思うと、ボスの怒りは頂点に達し、激情にかられ引き金を引きます。

しかしボスよりイトウさんの一撃の方が速かった。イトウさんはキョウスケを守るためなら本当になんでもします。これまで自分にとって絶対的存在であったボスにさえ引き金を引くほどに。

 

イトウさんに撃たれ、もう彼の心は自分にはどうにもできないことを悟ったボスは、好きに生きて自分の前から消え失せるよう最後の命令を下します。

 

その後ボスに射たれた薬のせいでそれまでの記憶がすべて消え、長い病棟生活の後社会復帰し駆け出しのバーテンダーとなったキョウスケ。

そして毎週火曜日にキョウスケを訪ねてやってくるようになった常連客のおじさん”イトウさん”とのその後が、『I-イトウさん2-』に描かれています。

 

イトウさん、殺し屋をやめて随分人間らしくなりました。笑顔が最初の頃と全然違います。

キョウスケも、暗く澱んだ過去を忘れているせいか、影はあるものの素直な表情を見せるようになり、記憶がなくともイトウさんへの愛情があふれています。

ある日「あたたかくて静かで何もない海」へ行きたいというキョウスケのリクエストでレンタルの無人島へ2人で旅行します。

そこでイトウさんに優しくされ、彼への好意を再認識しつつも、イトウさんが好きなのは記憶がある過去の自分であって、記憶のない今の自分は本当は愛されていないのではないかという不安をキョウスケは抱きます。

でも、イトウさんは記憶があろうがなかろうが関係なく、本当にキョウスケを愛しています。

キョウスケがイトウさんの愛情の深さと、自分の奥底にあるイトウさんを想う気持ちに気づく場面はこの上なく素晴らしかったです。

「記憶を失くして過去を失くしても

君は変わらない 僕の大切な 恭介くんだ

 

・・・僕に キスしてくれないかい

 

そうすれば理解る」

(『I-イトウさん2-』より) 

動揺しつつも、意を決してイトウさんに口付けたキョウスケから涙が溢れ、

こらえきれなくなったイトウさんはキョウスケを抱きしめます。

 

愛だなぁ。この上なく、愛、って感じです。

自分の乏しい表現力が歯がゆくて仕方がないくらい、本当に本当に素晴らしい物語なんです。

読み終わった後ずっと「はぁ〜素晴らしい」ってブツブツ独り言が止まらなかったです。感動を自分の身体の中だけで処理しきれず、口から吐いて出てしまうような。

恋愛は種の保存のための脳のシステムに文学的な名前をつけただけの熱病だとボスは言っていて、確かにそうかもしれませんが、

それでも恋愛に溺れてしまうのが人間だし、そういう人間だからこそ愛おしく感じるのだと思います。

ボスの命令に忠実で優秀なコードネーム"I"だった無表情なイトウさんも魅力的な美少年ではありましたが、

やはりキョウスケへの愛がだだ漏れの微笑みをたたえるイトウさんが一番素敵です。

ああ〜イトウさん大好きです!

 

余談ですが、作品を読んでいる間、イトウさんの声がどうしても速水奨さんで再生されてしまいます。なぜだろう・・・さらにボスは大塚芳忠さん。『亜人』か何かに引っ張られてるのかしら・・・。

 

さらに気になるのが、もしキョウスケが女で、この物語がBLでなかったとしても、私は同じように感動したのだろうかということです。

BLである必然性の闇は深い・・・。おわり。