とにかく笑えて、ちょっと萌えて、最後にほろりと泣ける素晴らしい漫画が
石黒正数『それでも町は廻っている』、通称”それ町”です。
丸子町という下町の商店街を舞台に、嵐山歩鳥という元気な女子高生とその友人たち、そして地元の大人や子供達を描いたコメディ群像劇でした。
全部で16巻ありますが、時系列がバラバラに描かれていて、基本的に一話完結型なので、どこから読んでもさほど問題なく楽しめます。
主人公の歩鳥は、いい具合にアホな子ですが、頭の回転が早く思慮深いところもある聡い女の子だと思います。私にも歩鳥のようなクラスメイトがいたらよかったなぁと思うくらい魅力的な女の子です。
歩鳥の幼馴染で同じ商店街に暮らす魚屋の息子・真田がこれまた私の”不憫萌え”にドストライクな男の子で大好きです。
他にも、美人で実は甘えん坊なお嬢様の紺先輩とか、近所の頭が良くてミステリアスな静ねーちゃんとかもかっこいいし、歩鳥の弟・タケルと妹・ユキコもすごくいいキャラクターで、とにかく登場人物一人一人が愉快で面白いです。
本当にどの話も好きなんですが、特に笑ったのが、歩鳥が小学生の時に好きな男の子に作ったチョコレートを結局渡せず、回り回ってそのチョコレートが真田の元に来たものの、「From嵐山」が「Form嵐山」と書いてあったり、チョコのアクセントとして何故かオカメの落雁が埋め込まれていてびっくりしたドキドキが、吊り橋効果で好意と勘違いしてしまったり(それ以来真田はずっと歩鳥が好き)とにかく笑えました。あのチョコレートは傑作。ぜひ見てほしいです。
歩鳥は毎日を本当に面白おかしく楽しく過ごしている子で、それが周りのみんなのおかげだということをちゃんと認識しているのです。そしてそんな大好きな「いつもの感じ」がいつまでも続かないことも理解していて、少し怯えているという描写が要所要所にさりげなく入っています。
それが極限まで高まったのが最終巻の高校3年の初夏、クラスメイトでバイト仲間のメガネ女子・辰野トシ子(通称タッツン)が「真田に告白する」と歩鳥に決意表明したところです。
「あんた 私の事どっかナメてるでしょ」
「そんな事ないって!!
一体この質疑はさっきから何を証明しようとしているの!?」
「もし私が告白すると
上手くいってもフラれてもどっちにしろ
あんたの望まない事が起きる」
「・・・何が起きるの」
「メイド長がいて
あんたと私がバイトしてて
時々 真田君が来て・・・
っていうあの感じが
何かの形で変わるよ」
「!!」
「あんたが ひと一倍好きであろう「いつもの感じ」が
変わっちゃうかもしれないっつってんの!!」
歩鳥はどこか蓋をしていた自分の心の奥底の気持ちを指し示された事にショックを受けますが、それでもそこまで自分の事をわかってくれていたタッツンに感激し、「変わらないことより尊い」とタッツンを激励します。
結局タッツンもヘタレで告白せずに終わってしまうというオチがありますが。。
特に最終巻である16巻は笑いよりも示唆に富んだ話が多く収録されているように思いました。人間の怖さや狂気に触れ、それでもめげずに前を向いて生きていく歩鳥たちは本当に愛しいです。
そしてエピローグがこれまた感動的でした。あの静ねーちゃんの顔。あの3カットで涙がこみ上げます。素晴らしいエピローグでした。これもぜひ見てほしい!
こうして感想を書いていて思い出しましたが、私もこれまでの人生で数年だけ、歩鳥のように毎日楽しくて仕方がない時期がありました。
あの頃の私も歩鳥のように、楽しいのが周りのみんなのおかげで、そしてそれが長くは続かないことを、いつか終わりが来ることをわかっていました。
人が生きている限り、変わらないことはありえないし、大好きな「いつもの感じ」はいつかなくなるものです。
それでも、それは思い出になって、何年も何十年も後になっても思い出す、それが人間というものなんでしょう。おわり。