れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

意識の変容と宇宙の彼方の恋:「消去」

数年ぶりに国会図書館(永田町の方)に行きました。

なんの気なしに蔵書検索すると、あるにはあるが電子版で、それもKindleのような形態ではなく、紙の本を1ページ1ページ写真撮影したものでした。読みづらいったら・・・

そこで広尾の都立図書館へ行き、改めて読み直しました。ハヤカワの『SFマガジン・ベスト No.2』。

結構古い本で、紙も辞書くらいのペラ紙ですが素晴らしい書物です。電子化して再出版して欲しいです。

こちらに載っている筒井俊隆「消去」という作品は、知る人ぞ知る秀作です。

 

話は若くして不毛な画家・正彦が風呂場で手首を切り、自殺するところから始まります。

出血し、意識が飛んだところで正彦の意識は異世界のような空間で目覚め、かつての恋人・ユミにそっくりな女性が登場します。

ユミ(仮)が語りだしたのは、衝撃の事実でした。それは、正彦が先ほど自殺を図った世界は全てとある脳髄が見ていた夢のようなもので、今まで正彦の脳髄は6000回以上様々な人生の夢を見続けている、ある意味転生しているというのです。

 

人類が増え続け地球が手狭になり、あちこちの星へ移住するようになった時代、ハリス博士とたくさんの移住民を乗せた巨大ロケットもまた、新天地を目指していました。

しかしなかなかいい星が見つからず、食糧や燃料も厳しくなってきたところで、ハリス博士は大きな決断をしました。

それは、ロケットに乗る人々を脳髄だけの状態にし、培養するという手段でした。

ハリス博士はなんとか着陸できた荒れ果てた砂漠のような星に巨大なドームを建て、移住民一人一人を脳髄だけの状態にし、透明な液で満たされた培養器に移しました。

地球にいるときにあらかじめ最悪の事態を想定していたハリス博士は、これまで地球上で生きたあらゆる人生と呼ばれる記憶を蓄えた電子頭脳を用意しており、脳髄たちをその電子頭脳と人造繊維で接続し、脳髄たちにたえず刺激を与える仕組みをつくりました。

 

5年に及ぶ脳髄化手術で、いよいよ博士の助手まで脳髄化し終え、荒れた星には数万の脳髄が培養される巨大ドームとそれらにつながる電子頭脳、そしてロケットと博士のみになりました。博士はこの5年ろくに寝ておらず、ロケット内で久々の眠りについたまま死んでしまいました。

そうして現在に至るまで、数万の脳髄たちは電子頭脳によって様々な人生を経験し、記憶を消去され、また別の人生を経験し・・・の繰り返し。ユミ(仮)の正体は電子頭脳そのもので、脳髄が一つの人生を終えるたびに登場し、上記のような事の経緯を説明した後で、次はどんな人生を生きたいか希望を聞いて、また記憶を消去し一から人生を再生する・・・ということでした。

「あなたは移住民第三〇〇一号の脳髄なのよ。今から三十万年前、地球からこの星に移住してきた一人なの。あなたの経験した芸術家としての一生も、実はさつき説明した架空の世界でのものだつたわけよ。でもあなたは自由に思考したり、行動したり、恋さえできたんだから、真実の一生だつたともいえるかもしれないわね 」

正彦は深くためいきをついた。もちろんこのためいきも幻影なんだろうが・・・・・・

 

この、現実意識を根底から揺るがす物語世界、なんて素晴らしいのでしょう。

ここまで意識を揺るがすことのできる小説、出会えたことが限りない幸せです。

私が今生きているこの現実も、電子頭脳が見せている幻影の人生かもしれない。それは世界の内側からは正しいとも間違いとも証明ができないことです。ああ、夢が膨らみます。

 

正彦たちが会話している途中、突然激しいスパークが正彦の目の前で飛び散り、世界は暗闇と静寂で真っ暗になります。

暗闇の中で自分の意識の存在も危うくなりかけた頃、遠くからユミ(仮)の声が聞こえてきます。

 「動力源に異常が起こつたのよ。太陽電気発電所からの送電が止まつてしまつたので、調べたら何かが送電の途中で電気を吸収してしまつているらしい。何か生物がいるつてことはわかるんだけど、全然見えない・・・・・・姿が。場所は電流計で調べてわかつたので、原子破壊銃を照射したんだけど、全然効果なしだわ。原子構造をもたないエネルギーだけの生物らしい。とすると、超心理の産物以外にはないのよ。そこであなたに助けていただきたいの」

それから正彦は”超心理”的な力を使って電子系統に悪さをする怪物を退治しようと頑張るのですが、最終的にはたまたま星にやってきた地球人に助けられます。

戦いで飛んでいた意識が戻った正彦は、ユミ(仮)から事の経緯とさらなる衝撃の展開を聞かされます。

電子系統を食い散らかしていた怪物は、最近宇宙で電気を貪り食っているエネルギーだけの生物であること。現在地球ではかつてとは逆に人口減少が起きており、昔他の星へ移住していった人々を連れ戻していて、正彦を助けてくれた地球人もそのためにやってきていたこと。現在の地球では人間の肉体に近いものを作り出すことに成功しており、その肉体をロケットに積んで来ていること。そして、ユミ(仮)はこれから脳髄一人一人の意志を確認し、人間の姿に戻って地球に帰るか否かを聞いて回るとのこと。さらに、ユミ(仮)は電子頭脳であり巨大すぎて、地球には戻れないこと。

正彦はまだ疲労が抜けず再び眠りにつき、その間にユミ(仮)は脳髄一人一人に意志確認をおこないます。

眠りから覚めた正彦は、ユミ(仮)が戻ってくるまでの間、思い悩みます。

ユミがこの星に放置されたままになるとすれば、彼女のあのしなやかな身体はいつたいどうなるのだろう。話相手になる脳髄もなく、いつまでも孤独でこの荒れ果てた地上にたった一人さまよいつづけるのだろうか?そんな残酷なことがあつてもいいものだろうか?いくら電子頭脳だといつても、彼女はすでに人並み以上の人格と、芸術品のようなすばらしい肉体と、驚異的な個性を持つた一つの生命なのだ。 

 

正彦の元にユミ(仮)が戻り、脳髄たちの意志について聞くと、全員肉体を手に入れ地球に戻るとのことでした。

そんな、深い孤独に打ちひしがれるユミ(仮)に「ユミ、君を愛してるよ」と告げ、正彦は脳髄のまま残ることを選びます。

翌日、他の脳髄たちは人間の姿に戻りロケットで地球に帰っていき、正彦の脳髄は記憶消去装置にかけられ、また新しい人生を歩みます。

 

物語の終わり方がまたすごく詩的で美しいんですよ。

転生(?)した正彦(すでに正彦ではない)は男子高校生で、時々電車や映画館の中で、美しい瞳の女性にほんのり微笑みかけられるんです。彼女は少年を見つめながら人ごみに消えていくんですが、遠い昔に会ったことのあるような、不思議な感覚を少年は味わい、そこで話は終わります。 

なんて果てしなく切ない恋物語でしょう。読み終わった後、遠く離れた星に思いを馳せずにはいられません。

 

ただ思うところはあって、果たして数万ある脳髄が、本当にみんな肉体を手に入れ地球に戻りたがるのかな?とは考えました。

電子頭脳に恋しなくても、脳髄のままの方がいいと思う人もいそうじゃないですかね。

もし自分が選択するならどちらかなぁ。。新たに得る肉体のスペックにもよるような気がします。美少年の肉体を得られるなら脳髄やめるかも。なーんて・・・

 

この物語はあくまでSFとして書かれたものですが、現実にこういったことが起こらないとは限りませんよね。

もし私の今のこの人生が終わりを迎え、かつて愛した人が意識の中に突如現れ「実はさっきのお前の人生は俺(電子頭脳)が見せていた幻影で、これまで6000回以上こういう手順を繰り返している・・・」と種明かしされたら、私は「やっぱりね」と納得してしまうでしょう。おわり。