れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

美しさについて:『エフェメラル -FANTASY ON DARK-』

昨年末のセールでVitaにダウンロードしていたゲームを今頃プレイしました。

予想以上に示唆に富んだ良作でした、『エフェメラル -FANTASY ON DARK-』。

エフェメラル -FANTASY ON DARK- - PSVita

エフェメラル -FANTASY ON DARK- - PSVita

 

もとはスマートフォンのアプリゲームで、そのためかわかりませんがストーリーはそこまで重厚ではなくさっぱりしていて、難易度というほど難しいこともなくサクッとプレイできます。

ただ、遊びごたえとしてはとても軽いけれど、その世界観や登場人物たちの掛け合いの中には、非常に哲学的な側面があり、ただ「面白かった〜」だけでは終わらせない読後感があります。

 

あらすじは以下。

主人公・クロエ(名前変更可)の住む町は、

金網が厳重にはられ、まるで檻のような場所だった。

そこは自分を含め、ゾンビしかいない町。

寿命を全うする前に自ら死んでしまう仲間が多いこと以外、

日々平穏に過ごしていたある日……。

もっと外の世界を見たいと願うクロエの元に、

優秀な生徒だけが行くことを許される

多種族が通う名門校の入学案内状が届く。

**

オオカミ男・透明人間・吸血鬼・ミイラ など

魅力的な闇の住人たちと送る、階級学園生活!

クロエはそこで、種族を超えた禁断の愛を知ることになる――。 

 

公式サイトより)

 

主人公のクロエがゾンビというところからしてとても突飛ですが、この作品世界でのゾンビという種族はいくつか特徴があります。

まずゾンビは、心臓が動いている若いうち(と言っても200年以上ある)は、数ある種族の中でトップ階級とされる人魚にも匹敵する、非常に美しい見目を持ちます。

そして、心臓が止まっても生き延びる代わりに、心臓が止まると急激に肉が腐り剥がれ落ち醜くなり、最終的には骨だけの姿になってしまいます。

さらに、最終的に骨だけになってもせいぜい400年程度が寿命であり、ほかの種族に比べて短命であることと、若いうちも血の巡りが悪いので体がもろく怪我も治りにくいです。そのような弱い肉体を持つ上に、昔からとある理由で世界から隔離された町に追いやられてもいる、カースト最下位の種族でもあります。

 

ゾンビはもともと短命な上に、とある理由で若いうちに自殺してしまうものが多く、平均寿命がとても短いです。

その理由とは・・・「醜くなる自分の姿に耐えられず、美しい若いうちに死にたい」と考えるものが多いから。

カップルで心中するケースも少なくないんだとか。

 

主人公のクロエは、物語序盤、自分の見た目について下記のような独自の理論を語ります。

「だって、ゾンビってね、老いが進むと

肉が腐り落ちて、骨だけになっちゃうから。

こうして皆と同じ姿を保っていられるのは、

若い内だけ。

ひとときの美醜なんて、

あんまり意味がないとも思わない?」

「私にとって、この身体は

肉と皮で出来たハリボテみたいなものなの。

いずれは骨になるとわかっているから、

それまでの飾りみたいなものだと思ってる。

だから、私は今の姿を失ったとしても・・・・・・

何も怖くないよ。」 

その肉と皮で出来たハリボテが誰よりも美しいクロエは、しかし自分の美しさに無頓着なのです。

とても合理的でさっぱりしたいい考え方だと思いますし、個人的に非常に共感できます。

しかし、頭で納得できても、心の何処かで受け入れきれない自分がいることも確かです。

クロエ本人も、物語が進む中で、新しい気持ちに気づいていきます・・・。

 

***

 

攻略キャラクターごとに感想と考えたことを書いていきます。

 

【ナギ】

透明人間の優しい秀才くん。ゾンビほどではないけれど、カーストは中の下といったレベルの種族です。

透明人間の特徴として、ネガティブ思考に陥りやすく、ふさぎ込むと姿が透明になってしまい自分でもコントロールが効かないという点と、人生終盤の300年くらいは透明になってしまい、他人から認識されないまま生きていかなければならないという点が挙げられます。

クロエの素直さや優しさに触れ、心から彼女を愛するようになったナギ。思い合う2人は生涯の愛を誓い合います。

ナギルートではクロエの唯一の肉親であるユリアおばあちゃんが重要な役目を担います。

ユリアおばあちゃんは、クロエが幼い時から、誰も愛してはいけない、恋をしてはだめだと言い聞かせていました。

その理由は、自身が昔透明人間の男性と恋に落ち愛し合ったものの、ゾンビの特性である肉の腐敗が始まった時、どうしても彼にその姿を見せられずそのまま別れてしまった後悔の念からくるものでした。

クロエはほかの人より透明になったナギを探すのがなぜか上手いという特技があったのですが、そのわけはおじいちゃんが透明人間だったからなのでした。

もう一生会わないと思われたクロエのおじいちゃんは、実は透明になったままずっとユリアおばあちゃんの側にいました。

さらには、おじいちゃんはなんとナギたちが通う名門校・アルデリック校の理事長だったのでした。(だからクロエに入学案内が届いたのですね)

おばあちゃんも死ぬ間際に心救われ、ナギとクロエも生涯愛し合うハッピーエンドでした。

ナギは普通にいい人だったんですが、ほかのキャラクターの印象が強すぎて、今振り返るとどうもぼんやりしています。さすが透明人間。

 

【ナツメ】

ミイラと自称する包帯巻きの美少年。実は人魚の男性・マーマンでした。

最初は意地悪で感じの悪いことばかり言ういけすかないやつでしたが、クロエをからかううちに本気で好きになってしまい、最終的にはヤンデレとも思えるほどクロエにぞっこんの独占欲丸出しの溺愛状態になります。かなり萌えました。1番好きかもしれないです。

種族カーストの頂点である人魚は、絶世の美貌と他人を魅惑する美しい歌声をもち、知力やカリスマ性も備え持つ完璧超人みたいな種族なのですが、その完璧さゆえ、周囲の人間や環境が自分の思い通りにならないと気が済まない、自分が1番でないと我慢できないという特性があります。全てに秀でている分性格に難ありなのですね。

特に女性の人魚・マーメイドはその特性が強く、自分より美しくなる息子であるマーマンを嫉妬に狂って殺してしまうことが多いと言います。だからマーマンは公に姿を表すことはなく、禁忌の存在とされているのでした。

ナツメも自分がマーマンであることを隠すためにミイラに扮して過ごしていました。彼もまた母親に殺されかけ、返り討ちにしたという過去を持ちます。

ナツメは人魚という自分の種族が大嫌いなのですが、クロエを好きになるうちに、自分自身の恐ろしいほどの嫉妬心や独占欲から、己に流れる人魚の血を自覚せざるを得なくなります。

いや〜この、ナツメのヤンデレ具合が最高でした。ゾクゾクするほど妄信的にクロエを愛する姿、萌えに萌えます。

それにしても人魚の設定はとても良くできてるなと感心しました。眉目秀麗で寿命も長く才色兼備なのに、だからこそ自分の思い通りにならないと我慢ならなくて同族殺しも厭わないほど暴君であるという・・・ある意味でとてもバランスの悪い存在ですよね。面白いなぁーほんと。

 

【シバ】

オオカミ男の少年。勉強はあまりできないけれど素直で元気な男の子、メインヒーロー的な立ち位置で、カーストは真ん中くらい。

私はシバだけは許せません。彼が素直でいい子なのはわかります。しかし彼は乙女ゲームという恋愛アドベンチャーにおいて、言ってはいけないことを口にした男です。

ほかのキャラクターと同じように様々なイベントを通してクロエとシバは恋人同士になりますが、私が一気にシバにキレたのは恋人同士になった後のひと騒動のときです。

イタズラ好きのシバは、しばしば街のイタズラグッズショップで変な品を買ってはクラスメイトで試すという悪癖がありました。

ある日そこで買ってきた一見なんの変哲も無い紅白饅頭を、シバはナツメとレイという2人のクラスメイトに食べさせようとします。しかし、ナツメもレイも頭がいいのでシバの思惑に気づき饅頭を口にせず、返り討ちにしてシバに食べさせました。

もう片方の饅頭を誰に食べさせるかですったもんだしていたところに、マーメイドのクラスメイト・オリヴィアがやってきます。

その場の流れでオリヴィアがもう片方の饅頭を一口食べると、饅頭に入っていた惚れ薬が発動し、シバはオリヴィアを好きになってしまいました。

目の前で突然オリヴィアに愛の告白をするシバに、クロエはショックを受け自室に籠ります。そこに謝りにきたシバですが・・・

「嘘の気持ちのはずなのに、これが嘘なのか、実は本当に好きだったんじゃないかって・・・・・・。

それすら、自信がない。」

「シバ・・・・・・何が言いたいの?」

「・・・・・・クロエ。オレと別れてくれ。」

「っ・・・・・・!!!」

「オレのこと、なじってくれていいよ。

恨んでくれてもいい。

オレ、オマエが好きだよ。

でも・・・・・・今はそれ以上にーー。

・・・・・・気の迷いかも知れない。でも、どっちが気の迷いだったのかも、今はわからないんだ。」

「それって・・・・・・私への想いが

気の迷いだったのかもって言いたいの?」

「・・・・・・ごめん。こんな中途半端な気持ちで、

オマエの側には居られない。 」

これには私が完全に頭にきました。さっきまであんなにラブラブだったのに、紅白饅頭が出てくる前までは、あんなに愛し合ってた2人だったのに・・・

何が許せないかというと”気の迷い”という言葉です。これは、百年の恋も一瞬で冷ますキラーワードだと思いました。

もともと恋愛などというものは皆思い込みの勘違い、熱病みたいなものだと思います。だからこそ、”気の迷いかも知れない”などと疑いが出た時点で、土台から崩れ落ちてしまうのです。どんなに強く愛し合って居たとしても。むしろラブラブであればあるほどダメージが大きいと思いました。

惚れ薬のせいだったとしても、抗えない科学的な力で思考が捻じ曲げられたとしても、もう少し言葉を選ぶべきだったと思いました。まあ、それくらい強力な惚れ薬だったんだとは思いますが。。

最終的に薬の効果も切れて仲直りしてハッピーエンドを迎えても、シバだけは釈然としませんでした。それくらいいただけない台詞でした。言葉の力ってすごいなと改めて思いました。

 

【レイ】

吸血鬼の貴族の男の子。クロエが編入した当初、学園に人魚はいないことになっている(ナツメがミイラということになっている)為、カースト最上位に君臨しているのがレイです。

吸血鬼の特性としては人魚についで美しく強いほかに、美しいものをこよなく愛すという習性があります。

クロエはゾンビでカーストは最下級ですが見た目の美しさは最上級なので、レイもその見た目のみでクロエに関心を持ちます。

しかしゾンビの血は恐ろしく不味く、クロエが吸血欲を満たすエサとして使えないことがわかり、あっさり興味を失います。

レイルートはクロエが猛アタックしレイがだんだん心を開くという展開なのですが、最終的にはレイはクロエの見た目だけでなく、誰にも媚びず素直な心根の美しさに惹かれ、彼女を愛するようになります。

最初に書いたように、クロエははじめは自分の美しさに全く頓着しませんでしたが、どのキャラクターのルートでも、恋を知るようになって初めて、自分の顔の美しさが失われることに恐怖を覚えるようになります。

中でもレイルートでは、レイが人一倍クロエの顔を褒める為、その美しさを保たなければという強迫観念がクロエを支配するようになります。

ひと時の美しさなんてハリボテのようなもので、

どんな姿になろうと、

私が私であるという事実は変わらないと。

(レイに綺麗だって言われ続けてる内に、

そんなことも忘れてたみたい・・・・・・) 

レイの取り巻きの女の子に逆恨みされ、片目と頬に消えない傷を負わされたクロエが、もうレイに褒めてもらえないと絶望し鬱ぎ込むところは泣いてしまいました。

そしてクロエが美しいのは顔だけじゃない、傷を負ってもなおお前は美しいとその全てを愛で包み込むレイの男らしさに心打たれました・・・レイは見た目だけじゃなく心もイケメンです・・・素敵・・・。

恋人同士になった後のレイルートでは、彼の独自の審美眼や美的感覚についてさらに知ることができて面白かったです。

吸血鬼は美しいものにとにかく目がないですが、レイの言う”美しさ”とは見た目だけでない、もっと多くの概念を内包するもので、彼の考えはとても共感できる部分が多いなぁと思いました。

特に印象深かったのは、クロエがお菓子の食べすぎで頬にニキビができてしまった時の場面です。

 「み、醜いって・・・・・・ニキビで!?

じゃあこの目の傷だって・・・・・・。」

「目の傷はお前のせいではないだろう。

だが、ニキビは確実にお前の責任だ。

怠慢を棚に上げて自己を正当化しようとするな。」

レイ様のおっしゃる通り・・・と自戒しました。。

同じような理由で、普段から考えていることがあります。

私は現在美容関係の仕事をしているので、毎日朝から晩まで美肌だの何だの言って化粧品を売ったりエステコースを契約させたりしてるんですが、

私自身は別に肌がすべすべであることにそこまで価値を見出してないし、カサついてようが体毛がいくら生えてようがそれをとやかく言う権利は誰にもないと思っています。

乾燥肌でも、色黒でも、アトピー肌でも、毛深くても、それはその人のせいではないからです。

でも、びっくりするくらい太ったお客様が目の前に現れた時、仕事なのでにこやかに丁寧にお話はしますが、心の中では「まず痩せろデブ」となじってしまうことがあります。疲れてたり忙しかったり心に余裕がないと特にそういった気分になってしまいます。

パンパンに脂肪で膨れた四肢や脂ぎった顔は、本人の怠惰によるものだと思えてしまうのです。

いくらコスメやエステで肌がツヤツヤになったとしても、だらしない締まりのない肉の塊であっては美しいとは言えない・・・と、やるせなさを感じることがあります。

体質で痩せられない人がいるのかどうかわかりませんが、そんなわけで度の過ぎた肥満体型にはつい侮蔑の眼差しを向けてしまいます。

逆に、目鼻立ちや骨格や、整形手術以外で自分ではどうにもできないことに対してとやかく言う人もあまり好きになれません。

少しでも理想の美しさに近づこうと、整形でも脱毛でもエステでも、できる手を尽くして何でもしようとする人を見ると、素直に「すごいなぁ」と感心はしますが、それを偉いなどとは思わないし、するもしないも本人の自由だと思っています。

 

昨日も、職場の朝礼で上司が「女性としての美しさ云々・・・」と講釈をたれていましたが、全然響かないどころか反感さえおぼえてしまう自分がいました。

”女性としての”?さぁ。女性が美しくなければいけないなんて、誰が決めたんでしょう。

シミのある肌がなぜいけないんでしょう?誰かに迷惑かけましたか?

体毛を生やしっぱなしで肌を出したら何がいけないんでしょう?

・・・でもそれを言ったら、自社の商品は売れないですからね。結局、皆が一つの美意識(ムダ毛がなく白く潤ったキメの整う滑らかな肌が美しい)を共有しているから今の商売が成り立つんですよね。

私が本能的に許せない肥満体型だって、見方によっては別に誰にも迷惑かけない、本人の自由なのかもしれません。

 

自分の美意識って、いつの間に自分の中に構成されたんでしょう。不思議です。

言語化すればするほど、認知的不協和や自己矛盾が浮き彫りになって、何だかきまりが悪いのです。

 

***

 

こうして、見た目の美しさについてあれこれ思考喚起をさせるこの物語ですが、

救いがあるのは、攻略キャラクター全員が、クロエの見た目の美しさだけでなく、クロエの存在そのもの、クロエの心を愛してくれたことです。

ナギもナツメも(シバは釈然としないですが)レイも、クロエが歳を重ね肉が腐り落ち骨だけになった最期も、変わらず愛を捧げてくれました。これはとてつもないことです。

クロエがクロエであるだけで愛せるというのは、とても驚異的なことです。彼らのような愛が本当の恋愛なのかなとも思いますが、それはとてもハードルの高いことのように思えます。

 

ある日あなたの恋人が、事故や災害や事件に巻き込まれて、皮膚は削げ目も開けられないほど、見るも無惨な肉体になってしまったとして

あなたは変わらず愛を囁けますか?

 

全然違う作品ですけど、『はだしのゲン』で似たような場面があるんですよね。

原爆の強烈な爆発の後、ある女の子の前に、皮膚が焼け爛れてデロデロになった人のようなものが来て「助けて」というのですが、女の子は「あんたみたいなお化けしらない!」と言って逃げるんです。そのデロデロになった人は、女の子のお母さんだったのに。

 

逆に、見た目がそのままだったとして、事故か何かで記憶や性格がガラッと変わってしまった恋人なら、愛せるでしょうか?

どう変わってしまったかにもよりますが、こちらのケースの方が、最初の心理ステップのハードルが低い気がするんですよね。私って、外見至上主義なんでしょうか?

 

普段あえて深く考えないようにしている”美”という概念について、そしてその人がその人であるために何が必要条件かという哲学的問題について、そして愛するという行為のレベルについて問題提起してくれる優れたゲームでした。

オープニングテーマも好きなんですよね。よく見たらクリエイターがオバケストラの人じゃないですか!フルで聴きたいです。おわり。


PS Vita版『エフェメラル -FANTASY ON DARK-』オープニングムービー