れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

『ままならないから私とあなた』

連日の猛暑とスポ根な職場での日々で気分は夏休みの部活動って感じの今日この頃です。

夏休みってどうにも小説が読みたくなるんですよね。物心ついたときから毎年読書感想文を書かされていたからでしょうか。

そんなわけで暑い日でも読みやすそうな文体を、と思い朝井リョウ『ままならないから私とあなた』を手に取りました。

ままならないから私とあなた

ままならないから私とあなた

 

この本には2つの物語が収録されています。

 

最初のお話「レンタル世界」は、学生時代からラグビー部で体育会系な主人公の青年サラリーマンが、同僚の結婚式で気になっていた美人な新婦の友人の女性と街で偶然出会い、なんとか声をかけたところ、実はその女性は新婦の友人ではなく結婚式のために用意されたレンタル友人であったことが発覚するところから始まります。

学生時代のラグビー部で培った人間観を持つ主人公は、自分の一番恥ずかしい部分も全てさらけ出してこそ真の絆が生まれる、というような暑苦しい考え方を持っていたので、友人をレンタルして結婚式を乗り切るという発想が受け入れられずにいました。

友人や家族や恋人をレンタルすることにも、それを仕事とすることにも軽蔑を辞さない主人公は、レンタル業でバイトする美人・高松さんのことをも淋しい人間と認識し、彼女に自分が本当の人間のつながりを教えてあげたいと考えるようになります。そして、そのとっかかりとして、高松さんにレンタル彼女を仕事として依頼して、一緒にラグビー部時代からの先輩・野上の家によばれるというシチュエーションを作ります。

高松さんの素晴らしい演技を演技と見抜けない主人公は、高松さんが仕事を超えて本当に野上先輩やその奥さんと仲良くしたいと思っているように見えて我が意を得たりと得意げになります。が、高松さんは別の意向があって動いていました。

 

レンタル業の御法度として、写真データを残さない・SNSアカウントを教えない・性的サービス・接触は行わないといったことがあります。

高松さんが野上先輩の奥さんにSNSのアカウントを訊いたりしたのは、仕事を超えて本当に仲良くなりたいからではなく、奥さんもまたレンタル妻なのではないかという強い疑いを持ったからでした。

最後に奥さんが生理用ナプキンの場所がわからなかったことで決定的な確信を得ていた高松さんは、主人公が勘違いして自分に真剣な交際を迫ってきたとき鼻で笑って事実を突きつけ完全KOしました。ここがすごくスッキリして好きな場面でした。

 

この話って、もう序盤から主人公の思考を読んでいてイライラするんですよ。自分の手の内を晒して仲良くなろうとする手法とか、高校生かよって。

私の高校時代のクラスメイトの中に、やっぱりこういう”秘密を打ち明けあって初めて友達”みたいな考え方の子がいて、その子に誘われて一緒にご飯を食べたことがあるんですが、その考えが透けて見える感じがもう無理で、結局私はその子と友達にはなりませんでした。

「私がここまでさらけ出したんだからあなたも私に見せてよ」っていうのは完全に押し売りだし厚かましいですよね。その上さらにそういう関係以外を認めず人間関係のレンタルサービスをはなから否定するこの物語の主人公は論外です。

 

最終的に、高松さんの論証に歯が立たなかった主人公は、その後野上先輩のお気に入りのフーゾク嬢から金にモノを言わせて野上先輩の知られざる真実を聞き出します。

自分と野上先輩は昔からなんでも知っててなんでも話せて隠し事なんて何もないと思っていた主人公。しかし、実は野上先輩は妻とは別居で離婚秒読み、しかもその理由が実は野上先輩はゲイの気があり、もう男の人としかセックスできない体になってきてしまっているから、という事実が発覚しました。昔から仲の良い(と思っていた)自分にはそんな話は一つもせず、抱きもしない外国人のフーゾク嬢にこんなにあけっぴろげに弱みを語っていた野上先輩と、彼のそんな事実に気づかず何でも分かり合えていると思い込んでいた自分の思い上がりに呆然とする主人公。そこで物語が終わります。

 

ライトだけれど良い話でした。人間関係のレンタルサービスの是非を問うような話ではなく、あくまでレンタルサービスを題材に、人間関係の在り方への思いこみや偏見を浮き彫りにするだけの構図がエキサイティングです。

私個人としては、レンタルサービス自体はどうも思いませんが、そういうサービスを使わざるを得ないような環境そのもの(例えば結婚式とか)には否定的です。

友人がいなきゃいけないとか、家族がいなきゃいけないとか、恋人がいなきゃいけないとか、そういう強迫観念があるからこういうサービスが重宝されるわけですよね。もしくはいないと淋しいという”自分には欠けている・足りない”という欠落意識があるんですよね。それこそが問題だと思います。

別に恋人がいなくても友人がいなくても家族がいなくても、自分一人でも充足した人生は送れるはずです。人の幸せに必ずしもなくてはならない要素ではないんです、友人も恋人も家族も。

 

***

 

収録されている2つ目の物語である表題作「ままならないから私とあなた」もなかなかに示唆に富んだお話でした。

昔から飛び抜けた頭脳と発想力を持つ薫と、凡人ではあるものの音楽の道を真剣に志してきた薫の親友・雪子の2人が小学生から大人になるまでの道のりと、その先の未来が描かれます。

薫は非常に合理主義で、タブレット学習もいち早く取り入れ、学校に通うことに学習的意義を見出さなくなります。自分のペースでどんどん勉強を進めていき、無駄な人間関係の軋轢には無頓着ながらも実力があるので文化祭の開会式の演出を手がけたりできる手腕も持っています。

雪子は自分をきちんと持っている女の子だけれど、薫ほど特別な才能は持っていなくて、でも音楽で身を立てようとコツコツ勉強して修練を積んで頑張っています。

全然似てない2人はしかしとても仲が良く、薫は雪子の夢「自分だけの曲を作れるようになりたい」を叶えるために高度な作曲ソフトを、雪子は自分の曲を好きだと言ってくれる薫に少しでも自分らしく良い曲を届けたい思いで作曲を、それぞれ大人になってからも追い求めて努力します。

そしてついに2人がその思いを形にした時、それぞれが自分の成果を相手に発表するのですが、ここで思わぬ結果が出ました。

それは、つい先ほどまで雪子が苦労してやっとの思いで作り上げた新曲と、薫がこれまでの膨大な雪子の曲や雪子の音楽遍歴のデータをもとに作り上げたプログラムが生み出した新しい曲が、びっくりするほど同じ曲だったのです。

コンクールに曲を出そうと思っていた雪子。しかしその新曲とほぼ同じ曲が薫の作ったソフトによって完成しており、しかもその曲は薫の創立したベンチャー企業のホームページでソフトとともに公開されており、好意的なメンションもたくさんついていました。

完全な未発表曲でないとコンクールに出せない雪子は絶望し、そこで薫に対して初めて怒りを爆発させます。雪子の予想外の怒りに困惑した薫ですが、そこからこれまで仲がよかった2人の根本的な考え方の違いが浮き彫りになっていきます。このシーンがいいんですよねぇ。

 

世の中もっともっと便利に楽に簡単になればいいと思っている薫と、簡単にはできないからこそ大切なことがあると考える雪子。

新しい便利なものが生まれればそこから新しい出会いも生まれると思っている薫と、不便があったからこそ出会えた相手が今の恋人であると信じて疑わない雪子。

どっちも言いたいことはわかります。でも、私は薫の考え方の方がしっくりきます。

高校時代の現代文の教科書に”今はカーナビがあるから道に迷うこともできない”みたいな言説があって、それに当時大好きだった国語教師のおじさんがすごく共感していたのを思い出しました。

紙の地図を見てあーでもないこーでもないと言いながら道に迷いやっとの思いで目的地に着く、という行為にとてつもないノスタルジーを感じてしみじみしていた彼のおセンチな気分も分からなくはないです。特に彼は文学的で懐古的中年でしたからね。

でも、私は道に迷いたくなんてないです。何より時間が勿体無いです。分からない地図片手にウロウロする時間は私には無駄だとしか思えません。グーグルマップでさっさと最短距離・最短時間で目的地について、余った時間は別の好きなことに使いたいです。

スキルや成果についても同じ。習得にたくさん時間がかかったり、たくさんの努力や労力を要したとしても、そのスキル・成果が価値あるものかどうかはそれとは全く関係がありません。価値は評価で決まり、評価は需要と供給のバランスで決まるのです。

 

頭ではわかってます。だから薫の意見に全面的に賛成です。

それなのに、雪子の怒りにも同情できるんですよねぇ。ものすごく努力して苦労してやっとの思いで作り上げた曲と同じものが、機械によって生み出されて一足先に世に出回ってしまったら、「これまでの私の苦労は一体なんだったわけ?」と憤然としてしまう気持ちもわかります。そこであーだこーだ反論したくなるのも仕方がないと思います。

ままならないなぁ、ほんとに。つくづくこの作品はタイトルがいいですね。

 

まぁでも、雪子のつらさも理解できるけど、やっぱりもっともっと便利で技術が進化した社会になってほしいなと思いました。

おふくろの味も職人技も、機械が全部やってくれるならそれで全然いいじゃありませんか。機械にどんどん作ってもらいましょうよ。

掃除も皿洗いも洗濯も乾燥も機械にやらせることができるようになってきたんだから、営業も総務も経理も企画運営も機械にやってもらいましょう。

それでまた違う新しいことを人間がやるもよし、やることがなくなったらアニメでも観てればよし(もちろんそのアニメも機械がつくっている)。

あ〜会社の掃除機も早くルンバにならないかなぁ。この作品を読んで改めて、体育会系とかスポ根とか懐古主義は良くないなぁと思いました。おわり。