『プリンセスメゾン』ですっかりファンになった漫画家・池辺葵さんの短編集がこれまた素晴らしい。
切ないけれど、優しい気持ちになれる作品です。
眉毛の太い地味な女子高生・なづなと、なづなの小学校の頃からの親友でスラッとした長身で飾り気のない園田卑弥呼(ひーちゃん)、
彼女たちが中学生の時に転校してきた小柄なゲーム好き少女・ピコ、メジャーではない男性歌手にメロメロになっているおさげの久子さんなど、
教室の中であまり目立つ存在ではない女の子たち。
なづな達のようなカーストにいると、卑屈になってくさってしまう人も多いと思います。
可愛くてオシャレで男の子とも仲の良い上位カーストの女子や、スポーツ万能で面白くて明るい男子など、日向の存在がキラキラしていればいるほど、可愛くも頭がいいわけでも運動神経がいいわけでもない自分がどうしようもなくつまらない人間に思えます。
でも、なづな達は、それぞれ支え合い互いを認め合って、なんとかまっすぐに生きようとしているように感じました。
全然有名でない男性歌手・白鹿堂々のコンサートに初めて行って感動冷めやらぬ久子さんが、なづなにコンサートでの感激をこれでもかとまくし立てキラキラしている時に言った一言が最初に心にぐさっときました。
「そんなはずないんだけど何回も目が合った気がして・・・
そんなの気のせいだし私なんかって思うけど でも
それでもちょっとでもましに見えたいなーって
くさったりしないでかわいく見えるように
せいいっぱい努力してみようって思ったんだー」
努力しても無駄かもしれないけど、それでも投げやりにならずにできることをしようとする久子さんの輝きに、なづなも読んでいる私も圧倒されました。
久子さんに感化されて、ゲジゲジの眉毛を剃りすぎて麻呂眉になってしまったなづなも可愛かったです。
私が登場人物の中で特に好きなのはひーちゃんこと園田卑弥呼です。
クールな感じで、背が高くて感情をあまり表に出さず、長距離走が得意な彼女は、小学生の時にいじめにあったことがあり、そこでなづなに救われた経験があります。
人の弱さを理解し、全体を俯瞰できる冷静さを持つひーちゃんを羨ましく感じました。
学校の合唱コンクールでクラスの指揮をする池上君は、音楽が心の底から大好きで、クラス合唱にも情熱的に取り組んでいる眼鏡の男の子。
あまりに熱血な様子にクラスのみんなは呆れてバカにしたり笑ったりするのですが、
一人真剣に指揮の練習をする池上君を見たひーちゃんは、池上君に素直に感心し、声をかけました。
「君は
笑わないんだな
僕を」
「お前みたいに自分の好きなもんに必死になれるんは
かっこいいって言うんやぞ
人の目も気にせず一心不乱になれるんは
どうしようもなくかっこいいっていうんや」
その後歌が苦手なひーちゃんに個人レッスンをつける池上君。彼らはなかなかいい感じになります。応援したい2人です。
自分に自信がなかったり、誰かに好かれたことがないと
いつしか自分と他者の壁を厚く高くしてしまったり、他者の好意に疑心暗鬼になってしまうことがあります。
この作品は、そんな諦めかけた、でも心の底で諦めきれないなづなのような人たちのために描かれたのではないかと思いました。
エピローグの、三者面談で学校に来ていたピコの母が、なづな達と連れ立って下校する際に、なづなに諭すように語りかける場面がとても美しかったです。
「私は 私の心は誰にもわたしたくないな・・・
まあ まず誰もほしがらんわな」
「そんなさびしいこと言わないで
愛した人に愛されるってすばらしいことよ
たとえばそれが泡みたいに消えてしまう儚いものでも
愛を交わした瞬間を胸に生きていくことだってできるのよ
だから
愛することにも愛されることにも素直でいなくちゃ」
元旦那に5人も愛人がいて離婚したという経歴を持つピコの母ですが、それでも愛し愛された瞬間を宝物に生きているのです。
すごいなぁ、と思うと同時に、愛ってなんだろうともしみじみ考えてしまいました。
でも、誰にも愛されなくても、誰を愛することができなくても、卑屈にならずにくさらずにいたいなあと願うのです。おわり。