れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

自己制御の難しさ:『恋愛中毒』

にわかに小説が読みたくなって、Kindleでパッと購入した小説が山本文緒大先生の『恋愛中毒』でした。

恋愛中毒 (角川文庫)

恋愛中毒 (角川文庫)

  • 作者:山本 文緒
  • 発売日: 2002/06/25
  • メディア: 文庫
 

私が好きな小説家として真っ先に名前を挙げるのが山本文緒さんです。

小学生で漫画ばかり読んでいた頃、入り浸っていた近所の本屋で棚に飾られていたのが山本文緒さんの作品たちで、ほんの気まぐれで短編集から手を取ったのですが、すっかりファンになりました。

でも全ての作品を読んでいるわけではなく、いつか読もう読もうと思っていたのがこの『恋愛中毒』でした。

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主人公の水無月という女性は、昔結婚していた時に静かな家庭崩壊にあい、元夫の浮気を疑った結果相手の女性に対し法に触れるレベルの嫌がらせをし、前科持ちになった人です。

愛していた元夫に見放され離婚し、同じ過ちを犯さないよう地道に生きていた彼女は、ひょんなことから芸能人であり著名な作家・創路に出会い、そこから再び人生が狂いだします。

学生時代に一瞬体の関係を持った同級生・荻原にストーカーまがいの行動を起こす自分を止められなかった経験があるなど、彼女にはもともと粘着気質というか、相手に依存し溺れやすい傾向があります。

中毒というものは、恋愛でも酒でも薬でも、自分で決めたルールを守れない、自分で引いた線を超えてしまう性質があるのですね。

私も昔からそういうところがあるので、水無月の落ちてゆく様を読み進めるのは結構怖かったです。

他人事じゃない気がして。

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もう一つ怖かったのは、水無月の過去の結婚生活の模様でした。

学生時代からの付き合いで結婚し、初めは上手くいっていたように見えた二人。

どこで崩壊が始まったのか、本人もわからないほど、大きなきっかけもなく冷めてゆく夫婦の様子はホラー以外の何物でもなかったです。

平和な日々が少しずつ少しずつ崩れ落ちていくのって、自分にはなかなか経験がないんですよね。

今までの人生で何かが(物ではなく、人間関係や信じていた何かが)壊れた時は、そんなじわじわタオルに水が染み込むように徐々にではなく、決定的な一打があって、それで一気に世界が変わることがほとんどでした。

だから、水無月の昔の結婚が、そんなゆっくり壊れていく様子が不気味で恐ろしかったです。不気味で恐ろしいけど、現実味があって救いようがない感じがしました。

私は結婚したことがないし、おそらくこの先もすることはないと思いますが、こんな危険な可能性をはらんでいてどうして結婚なんてできるのか、人々の強さが信じ難くもあります。

私は何にも持っていないくせに、人一倍失うのが怖いんだと、この本を読んで気づきました。

失うのが怖いから、あらかじめ手に入れないのです。

 

先日仕事で制作部の女性のアイディアを私がスポンサー向けに提案書の形に直すという作業があったのですが、

その制作部の女性が俗に言う”スィーツ(笑)”という感じなんです。

そんな彼女の作った素案には「前向きに、ハッピーに」という文言が溢れており、私は嫌気がさして片っ端からそれらを別の言葉に(「豊かに」とか「健康的に」とか)に勝手に置き換えて、また直されたりしたことがありました。

その時自分のことを”ハッピーアレルギー”と称したんですけど、私のハッピーアレルギーの原因は、この「失うことへの過度な恐怖心」から来ているのかもしれないと思いました。

 

そしてそういう恐怖心が、形を変えて今あるものへの度を過ぎた執着や被害者意識につながっていくのかもしれません。

そう、今思い出したんですが、この作品を読んで私が引っかかった大きなキーワードが「被害者意識」です。

「母親に嫌われたくなくて、ずいぶん頑張って通ってたんですけど」

「そりゃあうっぷん溜まっただろう」

先生は軽く笑って私のグラスにシャンペンを注ぎ足した。その笑顔に全然同情の色はなかった。

「でも言っとくけどな、それはお前が勝手に溜めてたんだからな。いい子なふりしておいて、あとで本当は嫌だったなんていうのは逆恨みだよ、逆恨み。子供だからって何でも許されると思うなよ」

シャンペンの泡がグラスの底からネックレスのように上がっていくのを見ながら、私はゆっくり瞬きをした。逆恨み?

「どうせあれだろ。お前のおかんは若い頃本当は自分が女優かなんかになりたかったんだろ。で、娘がちょっと可愛かったもんだから、娘を使ってそれを実現させたかったんだろ。よくある話だよ。馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しい?」

「お前そんなことが過酷な幼児体験だとか思ってんの?ほっんと馬鹿だよなあ。いくつだよお前。千花を見ろ、千花を」

「千花ちゃんと私は違います」

「そりゃ違うよ。当たり前だよ。でも千花は被害者ぶってっか?お前のその被害者意識なんとかなんないの?そんなんだから離婚されたんじゃないの?」

(中略)

逆恨みだの被害者意識だのという言葉が頭の中でぐるぐるまわった。指摘されてみて、私は改めて自分が”ひどいめにあわされてきた”と強く思っていたことに気づいた。そうだ、私は親からも夫からもひどいめにあわされたと思っていた。親しいと思っていた人からも、そうでない大勢の他人からも、私は漠然とした敵意のようなものを感じていたように思う。だからこそ、自衛して生きていこうと決めたのだ。でも先生はそれを私の逆恨みだと言う。反発を感じるよりも驚きの方が大きかった。 

ここ、すご〜く嫌な記述ではないですか。頭を鈍く殴られたような衝撃でした。

水無月の気持ちもよくわかります。私も放っておくとすぐに「被害者意識」丸出しになってしまう時があります。

でもこの被害者意識を持つ人間って、どうしても好きになれないんですよね。

 

会社の同僚で、婚約していた女性に入籍数日前に急に逃げられた男性がいます。

上司や他部署の人たちも「かわいそう」「ひどい女だ」と逃亡した女性を非難し、同僚に同情していましたが、私はあまりそれに同調できず、どちらかというと逃げた彼女の方に同情してしまいました。

今でもその事件は時たま職場でネタにされていますが、私は同僚の「かわいそうな自分」と頬に書いてあるような表情を見るたびちょっとイラつくのです。

仕事はよくできる同僚の肩をみんなが持つのはよくわかりますが、そんな切羽詰った逃げ方をするほど追い詰められていた彼女の気持ちは誰も汲まないんですよね。所詮は他人ですし。

私は逃げられた同僚を被害者だとは微塵も思えないのです。加害者である自分を省みない厚かましい男だと思う気持ちを拭えないのです。

そんなわけで私は「被害者意識」を持つ人間が嫌いです。

 

でも、誰でもすぐ被害者ヅラになっちゃうんですよね。誰だって一番可愛いのは自分ですから。

だから、せめて自由意志のある人間として、できるだけ被害者意識に染まらないよう日々を生きていかなくてはと思いました。

自分で制御するのなんて、死ぬほど難しいんですけどね。おわり。