れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

『さきくさの咲く頃』

心がざわめき、なんともいえない気持ちを運んでくる作品に出逢いました。

さきくさの咲く頃

さきくさの咲く頃

 

ふみふみこ『さきくさの咲く頃』。

なんのけなしに手に取った漫画だったのですが、こんなに胸がえぐられたような、ざわざわと落ち着かない感覚を味わうことになるとは思いませんでした。

 

物語は、高校3年生の澄花、澄花のいとこで美形の双子暁生・千夏の3人の群像劇です。

幼い頃父親を自殺で亡くした澄花。その父の葬儀ではじめて、いとこの暁生と千夏に出会います。

近所に住むことになった3人はその後も仲良く青春を過ごしていました。

澄花は物心ついたときから暁生のことが好きなのですが、誰にも言わずにいました。

そんな澄花の気持ちに気づいている千夏は、静かに見守りながらも澄花のことが好きなのでした。

自分が女であり、暁生が男であること、そして暁生が澄花の心をずっとつかんで離さないことに、内心苛立っている千夏。

そして暁生は、フーテンのふりしてフラフラしているけれど、本当は友人の木村君が好きなのです。

・・・この三角関係だけを見ると、『彼女とカメラと彼女の季節』などを連想しますが、どうもこちらの関係性はそんなに甘酸っぱいものには思えないのです。

 

千夏たちの家と川を挟んで対岸に位置する澄花の家。

その澄花の部屋から、澄花は双眼鏡で暁生の部屋を覗き見する日々を送っていました。

双眼鏡の向こうで繰り広げられる暁生と知らない女子の情事を見て、その様子を暁生と木村君のBL設定に脳内変換して自作漫画に描き続ける澄花の変態性は、異常だけれど咎められない、不思議な魅力をもって作品に描かれています。

 

双眼鏡の向こうに欲情している澄花ですが、ある夏の日、ひょんなことから暁生と付き合うことになります。

焦がれ続けた暁生と身体を重ね、しびれるような達成感を感じる澄花でしたが、

それと同時に、今まで双眼鏡でしか見なかった窓の向こうを知ってしまった喪失感にも包まれます。

そして暁生と一緒にいればいるほど、どうしても無視できない、木村君を見る暁生の視線の熱と、「自分が本当は見られていない」という事実に、澄花はついに耐え切れず、自分のBL作品を暁生に見せてしまいます。

 

暁生と別れた澄花に告白した千夏とも、澄花とのことがきっかけで木村君に愛を打ち明け、その噂が学校に広まり登校できなくなった暁生とも距離ができていく澄花。

そんな3人が受験前の冬の寒い夜、ふとしたきっかけで土手に星空を見に行く場面があります。それが最後の青春の一滴のようで、はかなく、もう戻らない何かの象徴であるかのようでした。

 

暁生は高校を中退して上京、千夏は医学部に現役合格、そして澄花は大学受験を辞め、自作の漫画を出版社に送る日々。

久しぶりに千夏に会ってみるも、会話はどこかぎこちなく、以前のように気さくに話せなくなってしまったことに、澄花はいいようのない喪失感をおぼえます。

 

寂しさに持て余した身体を、いつか抱かれた暁生との思い出をおかずにして慰める澄花。

そんな澄花の独白の最中に突如現れた、自殺した父と考えたキャラクター「ぶたーまん」。彼が澄花に放った辛辣な指摘が、どうにも胸に突き刺さって抜けなくなりました。

こういうなんでもないことを

話したいのに

話す相手は

もう

 

「暁生ちゃ…」

 

もういない

 

誰もいないんや

「ぜんぶそうやってひとりよがりだからだブー」

「暁生とのことも

千夏のことも

受験も

まんがも

母親

父親のことも

セックスも

ぜんぶ

のぞいて

オナニーして

一人で満足して

自分とは無関係だって

自分のことしか考えてなくて

ぜんぶぜんぶひとりよがりだからだブー」

 

 

 

せやねん」 

 

また、余白やコマの使い方が絶妙なんですよね。このあたりが特に。

ふみふみこさん、まるで映画のような漫画を描く方だと思いました。 

 

「うん

わかったようなふりして

ひとりで傷ついたような顔して

なんもわかってへんかってん

ごめん

 

ごめんなさい

 

またあそぼうね」 

 

私はこの物語の終わり方がハッピーエンドなのかバッドエンドなのかまったく見当がつかないのですが、

この読後感の心が絞り潰されるような感覚は、正直あまりいい心地ではないです。

しかし同時に「すごい物語に出逢えた」という、静かな興奮もあって、こういう感覚にしてくれる作品はそうそうないので、そういう意味では非常に幸せです。

 

さらっとした絵と、空白を巧妙につかった演出で非常に読みやすいのに、

読者を簡単な感動で帰してくれない、そんな作品です。

素晴らしいので、是非読んで見てください。おわり。