西炯子さんの漫画がとても好きでよく読みます。
今回紹介する物語は、妙齢の女性向けの漫画『姉の結婚』です。
主人公の岩谷ヨリはアラフォーの独身女性。東京の大学を出て東京の区立図書館で司書として勤めていましたが、いろいろ疲れて40歳になる前に地元の中﨑県(モデルは九州の長崎県)に帰郷、賃貸マンションで一人暮らししながら地元の県立図書館で司書として働いています。
心静かに暮らそうと思っていたヨリのもとに、家出したはずの年の離れた妹・留意子が転がり込んできたり、中学の同級生・真木誠に迫られ不倫関係になったりと、次々と面倒なことが起こっていきます。
ヨリは頭がよく仕事も非常にデキる女性で、私から見ると結婚する必要なんてまったくないタイプの女性です。
ヨリ自身も、仕事に熱中できることを誇りに思っているし、自分の親(特に父親)を見てきた中でどうしても家庭というものに希望を見出せず、結婚というものに疑念を抱いている節があります。
一方で、久々に会った中学の同級生・新川朋子の再婚や、妹・留意子の結婚を見て、心からめでたいと思うし、幸せそうにも見えます。愛し愛されてたどり着く結婚に、確かな憧憬と羨望があります。
結婚というものが恋愛とセットで考えられるようになったのは、人間が社会生活を営んできた歴史から見ると、かなり最近になってからのことだと思います。
ヨリが不倫関係を持つ中学の同級生・真木誠は医学部の講師であり勤務医でもあるのですが、彼の結婚もお見合いであり、相手は病院の娘で、さまざまな損得勘定・戦略の上に成り立つ婚姻です。医師の結婚というのは、とくにそういう傾向があります。
勿論お見合いだろうが政略結婚だろうが、夫婦になってから愛が芽生えるパターンだってありますが、真木夫妻は結婚して5年経ってもまったく愛が芽生えず、それぞれ別の恋人を持っています。
ヨリの両親もお見合い結婚ですが、彼らはそれなりに長く連れ添い、家庭を築きました。
ヨリの父は厳格な教師であり、ヨリが子供の頃は口で言うよりも先に手が出るような暴力男で、そんな父にヨリもヨリの母もうんざりしていました。
ヨリが14歳の時、ヨリの母は36歳で妊娠するのですが、そのお腹の子の父親は、ヨリの父親ではありませんでした。
旦那の暴力に疲れていたとき、たまたま出会った島の漁師と流れでそうなって出来た子供が妹の留意子なのでした。この事実はヨリも知らなくて、第7巻で留意子とヨリと母親の親子3人旅行の中で初めて知らされたことでした。
ヨリの父親は、妻の思いもよらない妊娠に激昂しますが、どうしてもお腹の子を産みたくて家を出ていった妻を追いかけ、引き留めます。
そして、自分ではない男と妻の間に出来た子供を、自分の子として育てる、だから自分のところに居てほしいと妻に懇願します。
彼らはお見合い結婚ですが、ヨリの父親は、心から妻を愛しているのでした。自分と血のつながりのない子供を受け入れるくらい、妻が好きだったのです。
・・・7巻は、かなり泣けるんですよね。上記の留意子の出生の話も泣けるし、その後この事実について対話するヨリと父親のシーンも泣けるんですよ。
でも、泣きながらも、腹が立つんです。
何に腹が立つかと言うと、ヨリの父親の身勝手さに、なんです。
ヨリと父親は長年ぎくしゃくした仲でした。なぜかというと、父親があまりに厳しくて、ヨリは非常に抑圧されて育ってきたんですね。
少し口ごたえしただけで怒鳴られ、髪型まで五月蠅く指定され、進学先から将来の職からすべて命令される。褒めてもくれないし、優しい言葉も笑顔も向けられない。
一方妹の留意子にはとても甘い。自分への扱いと妹への扱いがあまりに違って、ヨリは自分が父親に愛されていないんだと考えるようになりました。
「 ルイはいつもお父さんにじゃれついてた
お父さんは…ルイには甘かったよね
「あーあんな子だったら私もかわいがられるのかなあ」
「ルイってトクだなズルいなあ」って思ってたし
「あんな子」になれない自分を
ずっと…「ダメだなあ」って思ってた
「男の人は怖い」って刷り込まれたと思うし
心から信頼できない……今でも
…だから…どうしても
「家庭」に……
「結婚」に…希望が持てんのよ
これ、本当に涙が出ます。ヨリが留意子に対して抱く羨望は、世の多くの長女が共感すると思うんですよ。(私は一人っ子なんですけど…)
でも、父親はこんなことを言います。
「……夜中に 学校から戻って
寝とるルイ子の顔を見れば…
………
「こん子がおらんようになってくれんか」と...何度……
……ばってん
つ 辛く当たることもできん………
……俺の子にすると決めた以上は……ふびんな子やし…
……おまえは 俺の実の子やけん…
血がつながっとるけん…
何があってん…大丈夫と信じとった…」
この理屈、凄くおかしいと私は思ってしまいました。
厳格で口数の少ない父親が涙を流しながら言うもんで、ますます泣けてしまうんですが、でもおかしい、と憤慨してしまう。「血がつながっとるけん 何があってん大丈夫」?はぁ?何言ってんの?それで許されると思ってんの?みたいな気分になってしまう。
血のつながりなんて、なんの免罪符にもならないし、なってはいけないものだと思うのです。
本当のところ、この父親はずっと、ヨリを非常に大事に思っています。それは、この世でたったひとりの、愛する妻と自分の血を継ぐ娘だから。
でも結局、ヨリが40になって留意子の出生の事実が明らかになって、そして初めてきちんと話し合うまでその思いはまったく伝わってないんですね。ヨリは40年間、自分は父に愛されていないと思っていたんです。
愛って、想っているだけでは無いも同然だなと感じました。
言葉や態度で示さないと、いくら大事に思っていてもまったく認識されないものなんですね。
言葉や態度で示されて初めて、心を揺さぶるものになるんです。
第6巻に、ヨリの友人・新川朋子が再婚するときのプロポーズや、妹・留意子がプロポーズされるシーンがあるのですが、これもかなり泣けます。プロポーズって、こんなに感動的なんですね。されたことが無いので知りませんでした。
どちらのシーンも、凄く愛にあふれてる感じが伝わってくるんです。「結婚って、いいなぁ」と思わず考えてしまうくらい素敵なシーンです。
この物語には、愛し合っているけど結婚していないカップルも何組かいます。その中には不倫も含まれます。ヨリと真木誠だって、どうやら愛し合っているようだけど、まだ結婚はしていない。この先どうなるかは分かりませんが。
私はずっと、結婚などという制度はもう形骸化してるし何十年か先には無くなる制度だろうと思っているのですが、この物語を読んでいると、結婚はときに非常に強い力で愛を顕在化することができるのだな、と感動してしまいます。
愛がなくても結婚はできます。
しかしその一方で、愛をこれほど表現できる手段もそうそう思いつきません。
結婚って、不思議なものですね。おわり。