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れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

人生と欲:『自分の時間を取り戻そう』

久々に自己啓発ちっくな本を読みました。

自分の時間を取り戻そう

自分の時間を取り戻そう

 

ネットではかなり有名人なちきりんさんの最新刊。彼女のブログは大学生の頃から読み始めていて、著書も全部目を通しています。

そこからどれくらい自分の生活にアウトプットできているかと振り返ると・・・ですが。

この本では「生産性」をキーワードに、人生の希少資源である時間やお金を最大限有効活用し、自分の人生を最大限素敵なものにしようという提言がなされています。

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私は最初に就職したのが食品メーカーで、新入社員時代は全員会社の心臓部である工場で働かされるので、生産性という概念はかなり身近なものでした。

本社から降りてくる日々の生産数ノルマを、できるだけ短時間で確実に達成するために、機械の回転数から休憩のシフトの組み方から常に創意工夫をしていました。

商品によっては非常に作業量の多いラインがあって、準備から片付けまで細かくタスクを分析して、隙間時間をいかに上手に使って1秒でも早く家に帰れるかばかり考えていました。

どうしてあんなに躍起になって早く仕事をこなそうとしていたかというと、仕事が嫌いだったからです。

いや、嫌いというよりも、家に帰ってからのやりたいことがもっとたくさんあったからかもしれません。

定時に上がったら帰り道のスーパーでお菓子をたくさん買って、家に着いたら掃除洗濯をして大好きなアニメを見ながらお菓子をバリバリ食べてお酒を飲み、いい気分で今度はゲームをして、お風呂に入って眠る・・・

社会人になりたての頃、乙女ゲームにはまり始めていたので、とにかくゲームする時間が欲しかった記憶があります。

旅行も大好きですが、いかんせん休みが全然ない職場だったのであまり遠くへは行けず、有給もあっという間に使い切り、休日出勤がかさんだせいで時間はなかったけれどお金はかなり貯まりました。

最初はあんなにしゃかりきになってスピードを上げていた仕事も、洗練されたおかげで今度は時間があまり、退職する頃には暇で仕方がなかったです。

「このままここにいてもなぁ〜」とぼんやり考え始めていた頃に同期の女の子が1人辞め、それで一気に辞める気持ちが高まりそのままボーナスをもらって即辞めました。

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あの工場で一番忙しくてキツイという現場に配属された時は、胃のあたりがズンと重くなる感覚がありました。

でも、とにかく仕事を覚えて自動化し、日々工夫を重ねてそれらがうまく回り始めた時は、結構達成感と満足感を味わえました。

あの達成感は、その後転職した別の職場では全然ありません。もちろん今も。

この『自分の時間を取り戻そう』という本が今の自分になかなかピンとこないのは、今の仕事が定時で上がれるし、就業時間もまあまあ短いし、むしろ時間が余っていると感じるくらい暇だからかもしれません。

だから終盤の「さいごに〜人生のご褒美〜」の章を読んだ時にものすごく納得してしまいました。

仕事がおもしろくない会社員は、たいていダラダラと働いています。さっさと働くと、終業までの時間が長すぎて耐えられないからです。 

(中略)

仕事をやめようかどうしようかと半年も1年も悩んでいる人は、たいてい”ダラダラモード”に入っています。そのモードであれば、1年でも2年でも、場合によっては5年でも10年でもブツブツ言いながら働けてしまいます。

いまの自分はもしかしたらこの”ダラダラモード”かもしれません。ぎゃー。

私は今のところ「仕事を辞めたい」とか「辞めるかも」とは全く口にしていません。口に出したら経験上、100%の確率でそこからすぐ辞めるからです。

でも、口には出していなくても、心の中では1年くらいぐるぐる考えていることがあります。

「今の職場はすごく恵まれている。終業時間は今まで働いたどの職場よりも短いし、その割に給料も生活に困らないレベルだ。癖のある上司や取引先もないわけではないけれど、基本的にみんないい人だ。厳しいノルマもないし、時間の裁量権もかなり自分にある。今までこんなに自由な職場環境はなかった。

メディアという業界も面白いと思う。有名人を生で見られたりするし。この前も気になっていた新人アーティストに会えて、おまけにCDまでもらえた。スポンサーと制作陣と全てのタイミングが奇跡的にあって面白いものができた瞬間はとても嬉しい。

でも、この仕事が自分に向いているとは全然思えない。チャレンジしようと思って営業になってみたけれど、やっぱり自分は人づきあいがあまり好きではなかった。飛び込み営業も苦ではないし、初対面の人と話すのも全然平気だ。嫌なのは、好きでもない人と長い付き合いをしなければならないことや、一緒にいたいと思わない人とお酒を飲んだりご飯を食べたりすることだ。自分が全然いいと思えないモノやサービスをPRするのも苦痛だ。

自分があまりアイディアマンではないというのも実感としてある。私は人の真似をしたり、作業効率を上げたりするのは得意だが、1から新しいものや面白いものを考えることは得意ではない。

そして何より、暇だ。この仕事は自分で仕事を取ってきて、自分で自分を忙しくしない限り暇なのだ。そして私は忙しいのが大嫌いだし、仕事を増やしたところで給与も休日も増えないので、自分を忙しくするという誘因・動因がない。今の仕事量なら、週に5日も会社に行く必要はない。3日あれば十分だ。

向いてないのがわかっているなら辞めて他の道を探すべきだと思うけど、正直他にやりたい仕事もない。というか仕事したくない。働くのなんて全然好きじゃない。他人と暮らすのが嫌だから、今の楽しい一人暮らしを続けたいからその費用捻出のために、できるだけ短い時間でできるだけ少ない苦痛で稼げる仕事を選んでいるだけだ・・・」

すごく長くなってしまいましたが、普段考えていることはこんなようなことです。

こうして改めて見ると、私は本書にも出てくる”「働かないでほしい」と望まれる人”だと思えます。ベーシックインカムで25万円もらえたら、絶対働かないですもん。

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さらに、今の私は新入社員の頃ほどやりたいことがありません。

旅行も転職の間のニート時代や今の職場の季節休暇で行きたいところは行ったし、ゲームも今はそこまでやりたいものがないし、服も家電も欲しくない・・・欲望が枯渇しているのです。

大好きなアニメが見られて、インターネットで面白いものが見られて、たまに旅行できて、今の状況で満たされてしまっているのです。

「人生をより良いものに」と考えるほど、私は自分の人生に執着していません。生まれてきたことがそもそも不幸くらいに思っているのは、このブログでも書いている通りです(参照:これとかこれとか)。

「自分の時間を取り戻そう」と奮起するほど、自分の時間ってなんだろう?と根本的なことが気になってしまうのです。

そういう問題提起として、この本を読んでみるのもアリかもしれません。おわり。

老いと人生、『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります(5 Flights Up)』

夏の間から気になっていた映画を今頃観ました。

ストーリーは以下。

ニューヨークのブルックリンの街を一望できるアパートメントの最上階。画家のアレックス・カーヴァー(モーガン・フリーマン)と元教師の妻ルース(ダイアン・キートン)がこの理想的な家に住んで40年が経った。しかし、この建物にはエレベーターが無かった……。アレックスが日課としている愛犬ドロシーとの散歩を終え、5階にある我が家への階段をようやく上り終えて帰宅すると、姪のリリー(シンシア・ニクソン)が明日の準備のためにと訪問していた。夫の今後を心配したルースがエレベーターのある住居へ引っ越そうとアレックスを説き伏せ、今の住まいを売ることにしたのだ。そして明日が購入希望者のためのオープンハウスの日。リリーは、やり手の不動産エージェントであった。そんな折、ドロシーに異変が起こる。夫妻は5番街の行きつけの動物病院へとタクシーを走らすが、車は一向に動かない。どうやらマンハッタンへ渡る橋の上でタンクローリーが道をふさいでいるらしい。ようやく獣医に見てもらったドロシーはヘルニアを患っており、手術が必要と言われてしまう。翌朝、やる気満々のリリーがお客を連れてやって来る。オープンハウスは一風変わったニューヨーカーたちで大賑わい。早速いくつかのオファーが入ると同時に、獣医からドロシーの手術成功の連絡を受け取り夫妻はほっと一安心。一方、いそいそと新居候補を探し始めるルースとアレックスをよそに、タンクローリー事故は一夜にしてテロ事件へと様相を変えていた。アレックスとルースの見晴らしの良い家は誰の手に渡り、そして二人の新居はどうなるのだろうか……。 

(Movie Walkerより)

主人公たちは40年も連れ添う仲の良い夫婦です。

ストーリーの随所に彼らの若いときのエピソードが挟まれるのですが、それがとてもいい塩梅なのです。

二人が今の家を初めて観に来たときのこと、二人が初めて出逢ったときのこと、ルースが自分の母親に自分たち(白人と黒人)の結婚を祝福してもらえなかったときのこと、不妊の診断が下されて絶望したときのこと…。

二人が出逢ってから今までの、うれしかったこと・悲しかったこと・辛かったことの思い出が、これでもかというくらい染みついた家を、いつかは出なければいけないという現実。

老いという現実が、こんなに切なく迫ってくるとは…。

確かに、還暦を過ぎて、毎日5階までの階段を上り下りするのはつらいですよね。いつころぶかわからないです。

私は今26歳で、4階の部屋に住んでいますが、買い物して荷物が重くなってしまったときや、なんとなく疲れたときにはエレベーターに乗ってしまいます。

彼らの家はあきらかに若者向けです。でも、ニューヨークの素晴らしい眺めが味わえる、二人の思い出がたくさんつまった素敵な部屋です。

***

すったもんだありますが、最後には結局、

彼らはこの部屋を売らないという決断をします。

エージェントをしていた姪のリリーはカンカンに怒って暴言をまき散らして立ち去りますが、二人はそれも仕方なしという感じで仲良く帰っていくのです。

5階までの階段を上らなければいけない、二人の愛の巣に。

もちろんいつかはこの階段を登れなくなる日が来ますが、少なくともあと何年かは登れるのです。

でもそれだけではない、内覧会や入札やなんやかやで二人は洗濯機の中のような目まぐるしい数日のうちに気づいたのです。

互いを深く愛していることに。

二人でいれば、ニューヨークでもモスクワでもいいと言います。

これまでのように、二人でいればいい人生が歩めるのだからと。

***

私はこの映画を観て、年を取るのが少し怖くなりました。

それは、私がルースのように、生涯添い遂げられるほど愛せる人に出逢えることは可能性としてほとんどありえないと思うからです。

彼らは確実に老いていて、階段を上るのが年々つらくなって、耳も遠くなって、頭の回転も鈍くなっていきます。

それは人間であれば誰の身にも訪れる変化です。

そんな変化があっても穏やかに正気で暮らせるのは、愛する人がすぐそばに居るからではないでしょうか。

今のままずっと孤独で、今以上に自由が利かなくなってもろくなった体で、いつ終わるのかわからない人生を送るなんて、想像しただけでも恐怖で震えそうです。

でも、どうでもいい人と一緒には暮らせないです。

それどころか、私は実の両親をはじめとする自分の血縁者と暮らすのさえ嫌なのです。

私は他人がどうしても受け入れられない人間です。

だからルースのように、心から愛する人と出逢うことも、この先きっとないのです。

つまり、一生このまま一人でいるしかないのです。

今は幸せですよ。仕事はあまり好きではありませんが、自分の起きたいときに起きて、自分の食べたいものを食べ、自分の欲しいものを買って、好きなときにピアノを弾いて好きなときにアニメを観て好きなときに気の向くまま旅行に行けるんですから。

でも、それはまだ体が多少無茶が利くからかもしれません。

よぼよぼになったらベッドのシーツを替えるのでさえ一苦労かもしれません。玄関の段差でさえ躓くかもしれません。

今以上に風邪は長引くかもしれません。

それでも、私は一人でそれらすべての苦痛に耐えていかなければならないのですね。

そういう現実、これまであまり直視せずにきた自分の将来を、あらためて実感してしまいました。この映画を観て。

もうすでに生涯添い遂げたいほど愛する人がいる方は、この映画を心温まるハートウォーミングな話として楽しめるかもしれません。

私のように一生独り身の人は、この映画が、ごまかして見ないようにしていた現実と向き合うきっかけをつくってくれるかもしれません。おわり。

2次元と3次元の間の圧倒的な壁:ツキウタ。

9月まで放送していたアニメ『ツキウタ。THE ANIMATION』をご存知でしょうか。

ツキウタ。 THE ANIMATION vol.1

ツキウタ。 THE ANIMATION vol.1

 

ツキウタ。』とは、2012年からムービックより発売されているキャラクターCDシリーズです。

メンバーの苗字はそれぞれ暦の月の旧名で、師走〜皐月までが「Six Gravity」、水無月〜霜月までが「Procellarum」というグループで活動しています。なので全員で12名です。

私はこのアニメが始まるまで、ツキウタについてほとんど知りませんでした。

が、

ただいまどハマり中なのです。

 

2次元界でもアイドル戦国時代の昨今、そもそも今期の夏アニメはB-PROJECTという違った男性アイドルアニメもあり、そちらもとても面白かったんですよね。西川貴教が楽曲プロデュースしてたり、絵も綺麗でキャラも良かったのです。

ツキウタもよくあるほのぼのアイドルアニメな感じで、キャラはそれぞれかっこいいしかわいいけれど、よく見ると目元がみんな似ているし、そもそも12人もいて多いしメンバー全員なかなか顔と名前が一致しないし、ストーリーは乙女向けによくあるぶっ飛び系ギャグアニメの様相を呈しており、アニメとしては中の下でした。

ただ、CGを駆使したオープニング映像と楽曲は非常にクオリティが高く、毎週楽しみにしておりました。


Tsukiuta. The Animation: "GRAVITIC-LOVE" - Six Gravity


[Tsukiuta: THE ANIMATION] LOLV-Lots of Love-: Procellarum

めちゃめちゃカッコよくないですか?

そしてこれ、毎週聴いていると思わず口ずさみたくなるのです。

 

毎回かっこいいオープニングと(どうでも)いいエピソードで綴られた『ツキウタ。THE ANIMATION』ですが、最終回、メンバー全員の合同ライブがありまして、そこで用意された新曲「ツキノウタ。」のステージが破壊的なまでにクールでカッコ良かったのです。


Six Gravity&Procellarum/Tsuki no uta

↑これは本当にアニメ本編でぜひ観てほしいです。

アニメ放映時は「かっこいい曲だな〜すごいな〜」というくらいだったのですが、最終回から少し経って「また聴きたいな」となり、いざ映像を見返してみると1回、2回とリピートが止まらず、いつの間にかステージが終わると「くぁぁっこいいよぉぉぉぉうわーん」と唸るほどカッコよく、すっかり夢中になってしまいました。

しかもこの「ツキノウタ。」は歌っている各メンバーの名前が、歌っているパートの歌詞に盛り込まれており、繰り返し見ているうちに、絶対に覚えきれないと思っていた12人の顔と名前、さらには声を当てている声優さんまでバッチリ覚えてしまいました。ツキノウタ恐るべし。

 

ツキウタのステージがとにかくかっこいいのは、楽曲のセンスの良さ、声優さんたちの表現力、そしてキャラクターの美しさとダンスのキレの良さと曲にピッタリな振り付け、そして精巧に計算されたカメラワークのすべてが素晴らしいからです。

現実世界にも可愛い・かっこいいアイドルはたくさんいるかもしれませんが、彼らは親から(天から?)授けられ・持って生まれた体と声を駆使して表現しており、そこには人の力ではどうにもできない不完全性が内包されています。

対して、ツキウタを始めとするアイドルアニメーションは、容姿も声も、キャラクターも演出もすべて人間が一から組み立て創り上げた総合芸術の結晶であり、そこには人々が自分たちの理想や夢を必死に具現化しようとした想像力のすさまじさと迫力が宿っています。

私は3次元のアイドルは男性も女性も興味がわかず、2次元のアイドルだけどうしてこんなに魅力的に感じるのかずっと不思議でしたが、ツキウタの圧倒的にかっこいいステージを観続けるうちに、その理由が少し分かった気がしました。

私はきっと、人の想像力が現実を凌駕するのを見たいんだと思います。

ツキウタを観ていると、人々の現実を変える力がものすごい勢いで世界を塗り替えるような未来を感じることができます。

初音ミクやIAのライブ映像を観たときにも少しそういう感覚を得ました。

 

人間の想像力と、それを具現化しようとする試行錯誤の結果生まれた新たな芸術を、心から愛し、尊敬します。おわり。

ツキウタ。 THE ANIMATION 主題歌

ツキウタ。 THE ANIMATION 主題歌

 

 

甘ったるいけどさらっとした音楽 "DAOKO"

先日ラジオから流れていていいなと思ったのがDAOKOの「BANG!」という曲でした。


DAOKO 『BANG!』 Music Video[HD]

ポップだけど綺麗なメロディで、声は甘くて柔らかいけど鼻につかないさらっとした気持ち良さがあって、ミュージックビデオも面白くて、なかなかいいなぁと思いました。

彼女の他の曲も観てみたり、公式サイトをみたりするうちにアルバムを聴いてみたくなって、アマゾンでダウンロードしたのがファーストアルバム『DAOKO』。

DAOKO(通常盤)

DAOKO(通常盤)

 

1曲目の「水星」からとても美しくて、買ってよかったなぁと思うアルバムでした。


DAOKO 『水星』 Music Video[HD]

凄くいい曲ですよね。心地よいし、切ないし、儚いし、綺麗だし。

この前感想を書いた江國香織『ちょうちんそで』を読んでいた時、ずっとこのアルバムを流していました。

哀愁と寂寥にとてもよくなじんで大変よかったです。

 

新曲もシングルでぽこぽこ出ているようですね。次のアルバムが待ち遠しいアーティストにまた一組出会えて、とても嬉しいです。

いつかライブも行ってみたいですねぇ。おわり。 

会えない不幸を生きる 『ちょうちんそで』

先週、職場の上司に「おすすめの本何かある?」と訊かれました。

その女性主任は普段はそんなに本を読まないらしいのですが、秋だし、最近涼しくなってきたし、何か読んでみたい気分になっていたのかもしれません。

ジャンルは小説とのことだったので、いくつかおすすめをリストアップしたのですが、そのほとんどが学生時代に読んだものでした。

そういえば今の仕事を始めてからアニメと漫画ばかりで本を読むペースがだいぶ落ちていたと思い、この連休に何か読もうと久々に近所の図書館に行きました。

あまり難解な文章を読む気力がなかったので、さらっと読める文体のものがいいと、江國香織の割と新しい作品を手に取りました。

ちょうちんそで

ちょうちんそで

 

文体は美しくも平易で非常に読みやすかったですが

内容は胸をゆっくり絞りねじるような、切なく哀しいお話でした。

 

主人公の雛子は50代半ばの元主婦で、現在は高齢者向けの手厚いサポートが受けられるマンションに一人暮らしをしています。

隣室の丹野夫妻の旦那さんがたまになぜか訪ねてくる以外、あまり他人との交流がない雛子。他の住人はもっと高齢な中、異例の若さでこのマンションにやってきたこともあり、雛子は変わり者として距離を置かれているようです。

雛子はしかし、架空の妹・飴子と常に会話しており、あまり淋しい様子は表面上はありません。

飴子は実在する雛子の実の妹で、とても中の良かった2人ですが、雛子が30代の頃に飴子は失踪してしまい、それっきり会っていません。

 

雛子の最初の夫との間に生まれた息子の正直は、モデルをするほどの美人妻・絵里子との間に愛娘・萌音が生まれたばかりで幸せの絶頂にいました。

雛子の最初の夫は病死してしまい、再婚した次の夫との間に生まれた次男の誠は大学生で、なかなかハンサムに育ち、これまたなかなか可愛い彼女・亜美と仲良く付き合っています。

父親は違えど仲の良い兄弟の正直と誠ですが、雛子に対する態度は全然違っています。

雛子は誠がまだ義務教育の時に、夫でない男性と駆け落ちして蒸発しています。そのことを正直は心底恨んでおり、今でも許していません。

一方の誠は正直ほど頑なではなく、どこかドライで他人事のようです。

しかし駆け落ちした雛子は、相手の男が自殺したことと妹の飴子にもずっと会えていないことで精神の均衡を崩し、アルコール中毒になり病院に運ばれました。

両親ももう死んでおり天涯孤独の雛子の身元は正直たちの家族へ戻り、病院を退院するタイミングで今のマンションに入居する流れとなったのです。

 ***

こんな壮絶な人生を歩んできて、頭の中にいる架空の妹とずっと話をしているなんて、完全に精神病みたいですが、雛子は自分の幻覚と現実をきちんと分けることができており、発狂もしないし薬も飲んでいないし、お酒も今では少したしなむ程度にとどめているし、そういう意味ではとても強い女性だなと思います。

しかし、雛子はもうどこにも進まないのです。架空の妹と楽しかった昔話ばかりして、これといった楽しみはもうないように見えました。

 

たまに様子を見に来る丹野氏は、最初は雛子に気でもあるのかと思っていましたが、全然違いました。

穏健な丹野氏は、若かりし頃に車で人を轢き殺してしまい、それを嵐で増水した川に放り込み、翌日もその翌日もニュースにそれらしい死体の報道がなく、殺した人は失踪扱いとなったという過去を持っており、”失踪”というものに人一倍敏感なのです。

だから妹が失踪している雛子を気にかけていたのでした。

誠実で穏やかな丹野氏がこんな過去を持っていることは、この世で丹野氏本人以外誰も知りません。妻の丹野夫人でさえ。

丹野夫人は自分の夫をとても誇りに思い、また愛しています。そして世の中の「妻に暴力をふるったり、子供を虐待したり、お酒やギャンブルに溺れたり、犯罪に手を染めたり」する恐ろしい男性たちを誰よりも嫌悪している潔癖な人です。

自分の夫が人殺しとも知らずに、よその旦那を心の底で蔑んだりけなしたりしている様は、見ているとなんだか意地悪な気分になって少し笑ってしまいました。

 

この本は雛子の生活を軸に、正直の生活、誠の生活、亜美の生活、丹野氏の生活、丹野夫妻の生活、丹野夫人の仲良しな岸田夫妻の生活が変わりばんこに描写されて少しずつ進むのですが、そこに唐突に異国の小学生・なつきの生活も描かれます。

なつきは東京都杉並区から、親の仕事の都合でカナダに転校しました。現地で友達もでき、勉強も順調な彼女ですが、自分の本当に話したいことを話せる大人がたった一人だけいます。

それは日本人学校の小島先生です。

非常に華奢な体で、トマトもきゅうりも食べられない小島先生こそ、雛子の実の妹・飴子なのでした。

飴子は友達とルームシェアしながら日本人学校で先生をしていたのです。なつきのどんな話もバカにしたりせず真剣に聞くし、秘密を決して親に告げ口しない、なつきから見ればとても粋な先生です。

飴子は異国で元気にやっているのです。

でもその事実を日本にいる誰一人として知らないのです。

 

今の雛子には、最初の夫も2番目の夫も、駆け落ちして自殺してしまった男も、自分が産んだ息子の正直と誠も、また正直のところに生まれた孫の萌音も、すべてが特に気にかけるほどでもないことなのです。

雛子の今唯一の気がかりは、もうずっと会えていない、生きているのか死んでいるのかもわからない妹の飴子だけです。

 

カナダにいる飴子は、ミルク紅茶に浸したビスケットをこぼしてしまったなつきを見て笑い出し、こう言うのです。

「知ってる?なつきちゃん」

笑ったまま、笑いのすきまから先生は言った。

「あなたは私に姉を思い出させるわ。ほんとよ、そっくり」 

飴子は雛子に会いたいと思わないのか、少し不思議です。

 

丹野氏が思い切って雛子の妹を探す手伝いを申し出る場面があるのですが、ここがとても心を打ち砕かれるシーンなのです。

「妹は見つからなかったんです」

それで、ただそう言った。

「ええ」

穏やかに、男は相槌を打った。

「でも、その後、たとえばいま、探してみようとは思わないんですか?昔とは違って、いまはいろいろ方法がありますよね、ツイッターだとか、フェイスブックだとか」

雛子は首を振った。

「考えたこともありません。妹は、私がどこにいるか知っています。ええと、つまり、知っていました。そこに私はもういませんけれど、夫と息子はいまもいて、もし妹が連絡をくれれば、必ず私に知らせてくれます。それは確かです。夫は、ごめんなさい、元の夫は、とても善い人ですから」

雛子はいったん言葉を切って、ワインを喉に滑り込ませた。自分が次に口にする言葉から、すこしでも身を守りたかった。

「妹は、私と連絡をとりたがっていないんです」

そう考えることは苦痛だったが、もう一つの可能性を考えるより、ずっと良かった。現実の飴子が、もうどこにも存在していないという可能性を考えるよりは。 

この本の中で、唯一雛子の心が怒りで震えるシーンでした。無論、雛子は怒りを露見させませんが、心の底から怒り、そしてそれは疲労に変わり、雛子はつとめて穏やかに、しかし切実に、丹野氏に部屋から早く出ていってほしいと願うのでした。

***

私には少し失踪願望があります。

10代の頃から、誰も自分を知らない場所に身を置いて、一から生活してみたいなぁと、ぼんやりした憧れがあります。

でも冷静に考えて、ただでさえ人見知りで思慮に欠ける私が、異国の地で人脈を築けるはずもなく、またそこまでして逃げ出したい何かがあるわけでもないので、しませんが。

ただ、もし、どこかに逃げたとして、そこで何とか楽しくやっていけるとして、

故郷の誰かと連絡を取るだろうか?

実の親は・・・もう一生会いたくないくらい好きじゃないですし、連絡しないでしょう。

祖父母は・・・彼らが死んでしまったら、葬儀に参列したい気持ちはあります。でも、わざわざこちらから連絡を取るかというと、やはり取らないでしょう。

友人も恋人もいないし、世話になった先輩や職場の人々もそこまでずっと繋がっていたい人はいません。

・・・こうやって考えると、私も飴子のように消えたまま、残された人の苦しみをそこまで考慮せずに、現地で楽しく暮らしていくでしょう。

いや、飴子は能天気に見えて実は考え抜いた結果なのかもしれませんが。

 

私は今、雛子にとっての飴子のように、幻覚を見るほど会いたい人・大切な人がいないので、なかなか自分に置き換えて考えることができないのですが

それでも雛子が老人ばかりの管理されたマンションで一人、架空の妹とひたすら過去を生きる様を思うと、とても胸が苦しくなり、涙が静かにこみ上げてくるのです。

「たのしみだなー、あした」

と、姉妹の母親そっくりの口調で呟く。そしてピアノを弾き始める。ジグだ。賑やかで速い、素朴で陽気な架空の音がピアノからこぼれ、部屋を満たし、雛子は立ったまま目をとじて、全身でそれを聴きとる。現実には存在しない音の一つ一つが、現実に存在する自分の上に、周囲に、次々降りてきては消えるのを感じる。雪のように、記憶のように。 

雛子と架空の妹が、楽しかった思い出を話せば話すほど、読んでて辛くなる最後の描写は、絶望的なまでに美しく軽やかなのでした。

久々に読んだ小説でしたが、最近の涼しくてしっとりした秋雨の夜長にぴったりの、心に残る秀作です。おわり。

宇宙と日常をつなぐ音楽:ナユタン星人『ナユタン星からの物体X』

最近お風呂に入る時によく音楽を流すのですが

とみに気に入っているのが「ナユタン星人」さんの曲です。

ナユタン星からの物体X

ナユタン星からの物体X

 

前々からニコニコ動画などで好んで動画は観ていたのですが

先日なんとなくアルバムをダウンロード購入したらますます癖になってしまいました。

特に好きな曲は「アンドロメダアンドロメダ」「飛行少女」「ハウトゥワープ」の3つです。


アンドロメダアンドロメダ - ナユタン星人 feat. 初音ミク


飛行少女 - ナユタン星人 feat 初音ミク


ハウトゥワープ - ナユタン星人 feat 初音ミク

歌詞カードを見てから気づいたんですが、歌詞も実はとても良くて、ボカロ曲では珍しくバランスのとれた楽曲たちだと思いました。

ボカロの曲って、曲がよくても歌詞が壊滅的にダメなやつが多いんですよね〜。誰とは言いませんが…。

ナユタン星人さんについて詳細は全く知らないのですが、非常に優れたミュージシャンだと思うので、もっともっと聴きたいと思っています。

楽曲全体を通して宇宙がテーマとして敷かれていることが多いみたいですが

宇宙のことを思えは、日頃のつまらない些細なことも許せるというか、あらためて宇宙っていいなと感じました。

逆に、自分の人生の中の出来事なんてありふれたどうでもいいことばかりでもあるけれど、別の見方をすれば自分の全ての事象は世界で、ひいては宇宙でたった一度のことなわけで、そう考えると全てが特別で無駄でないものにも感じられるわけです。

そういう宇宙と自分との距離感が歌詞世界に反映されているのも、今時なかなか珍しい音楽だと思うのです。

もっと活躍してほしいアーティスト・ナユタン星人さん。今後も期待しています。おわり。

『HER』

「あー確かに!」ととても共感したセリフを発掘しました。

HER (FEEL COMICS)

HER (FEEL COMICS)

 

ヤマシタ先生曰く「女の子がもがいている様が大好き!という気持ちをふんだんにぶち込んだ話」との本作品は短編集で、話に出てくる女性はわりとお洒落だったりわりと美人だったりわりと仕事ができたりする、中の上くらいの女性がほとんどでした。

そんなわけで、あんまり共感できるわけではなかったのですが、ひとつだけ「まったくそのとおりだな」と思うセリフがあったんです。

それがこちら。

「…わたしはさ ソリの合わない女と話しててもソリの合わない男と話すときみたいな憎しみは湧かないから」

「にくしみ…高子さんてさ けっこう男きらいだよね」

「そうね!」

「即答っ」 

6番目の短編の最初のほうに出てくる会話です。

いや~本当にその通りです。ソリの合わない男と話すとき、私は憎しみを覚えていたのだとはっきり自覚しました。

さっぱり系美人の高子さんとその恋人・柳井君が居酒屋で話している内容なのですが、まず作品の冒頭で2人が初対面のときの場面が出てきて、そこで高子さんが極めてにこやかに爽やかにぶちかまします。

「わたし「女の人って恐いよね~」とかふぬけたツラで抜かす男の人ってほとんど殺したいくらいの気持ちなの!!」

このときの晴れやかな表情と言葉のインパクトに柳井君はやられたといいます。

私もやられました。高子さんの指摘はどれも的確で一寸の狂いもないくらい気持ちをピタリと言い表してくれます。

 

いままで「男の人ってなんとなく苦手」とか「なんとなく嫌い」とかわりとぼんやりした自覚だったのですが、これは憎しみだったのかと腑に落ちました。

どうして憎んでいるのかまではいまだにはっきりしませんけど。

ソリの合わない女だってたくさんいるのに、彼女たちには憎しみは湧かないのです。それは彼女たちが”女”だからに他ならない。

自分が女だからというのももちろんありますけどね。

なんでだろう。。思索はまだまだ終わらないですが。おわり。