れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

読むのがつらい、でも読みたい『メイドインアビス』

今年の夏アニメでかなり完成度が高い『メイドインアビス』。

続きが気になって先に原作を読みまして、あまりの衝撃に1週間くらい感情が塞ぎこんでしまいました。

隅々まで探索されつくした世界に、唯一残された秘境の大穴『アビス』。どこまで続くとも知れない深く巨大なその縦穴には、奇妙奇怪な生物たちが生息し、今の人類では作りえない貴重な遺物が眠っている。 「アビス」の不可思議に満ちた姿は人々を魅了し、冒険へと駆り立てた。そうして幾度も大穴に挑戦する冒険者たちは、次第に『探窟家』呼ばれるようになっていった。 アビスの縁に築かれた街『オース』に暮らす孤児のリコは、いつか母のような偉大な探窟家になり、アビスの謎を解き明かすことを夢見ていた。そんなある日、リコはアビスを探窟中に、少年の姿をしたロボットを拾い…?

まんがライフWINより)

1巻では、アビスという深さ不明の大穴と、その周りにつくられた街オース、その西区にあるベルチェロ孤児院で暮らす主人公・リコたちについて描かれます。

探窟中に出会った記憶喪失の少年型ロボット・レグと過ごすある日、リコの母であり伝説の探窟家として知られるライザの封書と白笛(伝説級の探窟家のみが所持する特殊な笛)がアビスから上がります。

たった一人のライザの遺族であるリコは、母の白笛を形見として受け取り、封書の閲覧が許されます。

付き添いのレグとともに見に行ったライザの封書には、アビスの6層(行ったら二度と帰ってこられないほどの深層)にいる原生生物のスケッチや、レグにそっくりの謎の人物についての描写がありました。

そしてそれらと別の小さな紙切れに走り書きされた「奈落の底で待つ」というメッセージ。

リコはそのメッセージをちょろまかし、そのすぐ後「アビスの底でお母さんが待っている」と信じて単身アビスの底を目指して旅に出ることにします。

レグも自分が何者であり、どうしてオースまで上がってきたのか、その記憶を取り戻すためにリコと一緒に旅に出ることになります。

 

リコたちが旅立つところも、感動でかなり泣きました。

ナットという男の子(多分リコのことが好き)が健気で可愛いんですよ。

ずっと一緒に過ごしてきた仲間・友達と二度と会えなくなるとわかっていても、リコは奈落の底を目指す気持ちを抑えられないし、そのことをナットたちもよくわかっているんです。

1巻はまだ感動的ないい話、で終われます。

 

2巻はリコたちが2層の監視基地にたどり着き、ライザの師匠でもある白笛・オーゼンに会うところまでが描かれます。

オーゼンは年齢不詳の身長が2メートルを超える大女で、見た目はかなりミステリアスです。

最初、ものすごくオーゼンが怖かったです。

レグもリコもオーゼンにボコボコにされますが、それはオーゼンなりの教育だったのです。

アビスの深層には非常に狡猾で獰猛な原生生物がたくさんいて、そこで生き延びて冒険を進めていけるよう、オーゼンが教育的指導を施してくれました。

オーゼンにボコボコにされたことで、自分たちの弱さや甘さに気づいたリコたちは、訓練を受けます。そしてオーゼンも、「子供騙しは嫌い」と言って持てる知識の全てをリコたちに話してあげます。

2巻の巻末にオーゼンの回想シーンがあり、ライザとの出会いからリコが生まれた時のこと、そしてライザが絶界行(ラストダイブ・二度と戻ってこられない6層以降のアビスの底への旅)に行く前の、ライザとオーゼンの会話が描かれています。

ここは日本漫画史に残る名シーンだと思います。

「リコは 私にとってあまりにも大事なんだ

どんな遺物でも 私の何もかもを払っても足りない

尊いものの積み重ねが今のあの子を生かしている」

(中略)

「なあオーゼン

再びリコが地の底を目指して あんたの前に立ったら

教えてやって欲しいんだ」

「自分が動く死体かもってことをかね?」

「そうだ

どれだけの奇跡が君を動かしてきたのかって事と

その先で待つ 素晴らしい冒険への挑み方を」

「面倒だね 自分でやりな

ま・・・お前さんのとこに送り出すぐらいなら やってやるさ」 

 

3巻は私にとって読むのが一番つらいところでした。

3巻ではリコたちはオーゼンの元を旅立ち、4層まで降ります。

4層で出くわした毒を持つ原生生物にリコが刺され、リコは瀕死に陥ります。

死にそうなリコの様子にうろたえ泣き叫ぶレグの元に、ウサギと人間がミックスされたような容姿の少女・ナナチが現れます。

ナナチのアジトについていき、リコの治療をしてもらう中、レグはナナチから”アビスの呪い”の正体について聞かされ、リコを刺した原生生物への対処法を学びます。

そんな中レグの火葬砲という非常に強力な攻撃法を目の当たりにしたナナチは、レグにある頼みごとをします。

その頼みごととは、ナナチの親友であるミーティを殺すこと。

 

そこからナナチの過去回想が始まるのですが、これがもう、本当に読むのがつらいです。アウシュビッツかそれ以上か、とにかくひどいです。

ナナチは元は貧民街の子供でした。ある日白笛のボンボルドという男の軍団が、貧民街の子供達をそそのかし、彼らをアビスの深層へ連れて行きます。

未知への冒険に夢いっぱいの子供達。そして、そこでナナチはミーティという少女と出逢います。

探窟家に憧れるミーティとナナチは意気投合し親友となりました。

ある日、ミーティがボンボルドに呼ばれどこかに連れて行かれる際、ナナチはボンボルドの心無い一言を盗み聞きします。

ミーティが心配になったナナチは連れて行かれたミーティを追いかけます。

そこで行われていた人体実験で、ミーティとナナチは被験体にされます。

”アビスの呪い”−−−アビス内で下から上に上がる時にかかる上昇負荷と呼ばれるもので、1層では軽い吐き気やめまいで済みますが、4層くらいだと全身から血が流れ、5層では全感覚の喪失やそれに伴う意識混濁が起こり、6層に至っては人間性の喪失や死に至ります。

ボンボルドは呪いの克服のためにならずものや貧民街の子供を被験体に、5層〜6層にかけての自身の箱庭で非人道的な実験を繰り返していたのです。

ミーティとナナチはそれぞれ大きい試験管のような入れ物に入れられ、6層まで下ろされます。

この特殊な装置は、片方にかかる呪いをもう片方に押し付けるというもので、ミーティは呪いを押し付けられる側、そしてナナチは呪いを押し付ける側に入れられていました。

装置が5層に引き戻される時、ミーティは全身に激しい痛みが走り、人間の形を保てなくなり体が崩れ落ちてぐちゃぐちゃになります。

「いたい、ころして」と叫びながら崩壊するミーティを間近で見ながら、ナナチの体からはウサギのような耳が生え体毛が生え尻尾が生え、現在のようなウサギと人間のミックスされたような見た目になりました。

自意識も記憶もそのまま保って戻って来たナナチは「祝福の子」としてボンボルドに賞賛されますが、化け物になったミーティは二重の呪いを受け、すり潰されても死ねない、意思の疎通もはかれない生き物になってしまいました。

ボンボルドが怖くて彼の実験をしばらく手伝っていたナナチでしたが、ついに耐え切れず化け物になったミーティを連れて4層に逃げ出しました。

 

この実験が、未だにトラウマです。初めて読んだ時、怖くてショックすぎて何もできませんでした。

ナナチはミーティの尊厳を取り戻すためあらゆる方法を試みますが、苦しむものの死ねないミーティ。そしてそこに現れたレグたちと、レグの驚異的な破壊力を持つ火葬砲。

すがるような気持ちでナナチはレグに「ミーティを殺してくれ」と頼むのでした。

迷ったレグですが、リコを助けてもらった恩と、ナナチの苦しみを理解した上で、ミーティが死んだ後も生き続けることを条件に、ミーティを火葬砲で葬ります。

ナナチの苦しみを思うと、今こうして思い出すだけでも涙が出てきます。

 

今までもいろんなアニメや漫画や小説で、マッドサイエンティストのひどい実験というのは出てきました。

彼らは知的好奇心から非人道的な手段に出てしまいますが、別に誰かを苦しめようとしているわけではないんですよね。目的はそこじゃなくて、あくまで目的は自分の知的探究心を満たすことと、ひいてはそこから生まれる発明で世の中をより良いものにすることです。

ボンボルドはとことん外道として描かれているようですが、彼だって子供たちを苦しめようとしているわけではない。ただ、必要な犠牲くらいにしか思っていないだけです。

4巻以降でさらに詳しく描かれますが、ボンボルドは実験で使った子供達をみんなちゃんと覚えているんですよね。名前も、どんな子供で何が好きだったか、一人一人覚えている。実験のために切り刻んでバラバラにしたり、ミーティみたいにぐちゃぐちゃの化け物みたいにした子供達のことも、どれが誰でどういう子かいちいち覚えているんです。

でも、だから余計に苦しい、悲しいと感じるのかもしれないと思いました。

あまりにやるせない気持ちになるのです。

 

この作品は一貫して”何かの犠牲の上に成り立つ命”が描かれている気がしました。

最新刊の6巻ももうすぐ出るようで、きっとまだまだつらい展開が待っているのでしょう。

けれど、主人公のリコを始め、アビスで生きてく探窟家たちは皆とてもタフです。

自分の命が常にいろんなものの苦しみや悲しみの上に成り立っていることをちゃんとわかっていて、その上で先に進もうとしています。

精神的にも体力的にもつらいアビスの中で、汚いものも痛いものも臭いものも信じられないくらいつらいことも山ほど味わい、それでも奈落の底を目指して潜ることをやめないリコたちは、本当に強いなと思います。

ここまで諦めない何かを見つけられる人生って、本当に羨ましいと思います。

 

書いていて思い出しましたが、ボンボルドの娘・プルシュカの生い立ちで、似たようなことを思った描写がありました。

プルシュカはボンボルドの手下か誰かの子供で詳しくはわかりませんが、”運び損じ”扱いされ呪いのせいでひどい精神崩壊を起こしており、再起不能に思われました。

しかしボンボルドは彼女を自分の娘とし、育てることにします。

喜びしか知らぬ者から祈りは生まれません

生を呪う苦しみの子・・・

君にしかできないことが必ずあります

君の名はプルシュカ 夜明けの花を意味する言葉です

パパです 私がパパですよ 

投薬もうまくいかないプルシュカに、ある日ペットとしてメイナストイリムというふわふわした生き物を与えるボンボルド。世界の全てを拒絶していたプルシュカが、初めて興味を示し心を開きます。

プルシュカ・・・好きなものが出来たのですね

プルシュカ たった今から 君の世界は変わってゆきます

生のすべてを呪っていた君が 最初の喜びを見つけたのです

これからの一歩一歩が君を創ってゆくでしょう

今日が君の誕生日 君の冒険の始まりです 

ああそうか、好きなものが出来てから人生というものは始まるのだと妙に納得しました。

恋愛もそういう表現されますよね。「君を好きになって世界が変わった」とかそういう。

冒険も旅も、好きなものから始まるのかもしれません。

好きなもの、喜び、私が見つけた最初の喜びって何だったか、思い出せないです。

思い出したいなぁ。そうしたら、今抱えている閉塞感を突破できそうな気がします。おわり。

『エゴン・シーレ 死と乙女』

職場で隣の席の聡明な女上司から教えていただいた映画『エゴン・シーレ 死と乙女』を観ました。

エゴン・シーレ 死と乙女 [DVD]

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この映画の話を聞くまでエゴン・シーレという画家のことを知りませんでした。

画家の伝記はほとんど見聞きしたことがないのですが、この映画はなんだか物悲しくて、しかし一つの物語として胸を打つ作品でした。

あらすじは以下。

第一次世界大戦末期のウィーン。天才画家エゴン・シーレスペイン風邪の大流行によって、妻エディットとともに瀕死の床にいた。そんな彼を献身的に看病するのは、妹のゲルティだ。――時を遡ること、1910年。美術アカデミーを退学したシーレは、画家仲間と“新芸術集団”を結成、16歳の妹ゲルティの裸体画で頭角を現していた。そんなとき、彼は場末の演芸場でヌードモデルのモアと出逢う。 褐色の肌を持つエキゾチックな彼女をモデルにした大胆な作品で一躍、脚光を浴びるシーレ。その後、敬愛するグスタフ・クリムトから赤毛のモデル、ヴァリを紹介されたシーレは、彼女を運命のミューズとして数多くの名画を発表。幼児性愛者という誹謗中傷を浴びながらも、シーレは時代の寵児へとのし上がっていく。しかし、第一次世界大戦が勃発。シーレとヴァリの愛も、時代の波に飲み込まれていく――。

公式サイトより)

エゴン・シーレを演じる俳優ノア・サーベトラさんが終始イケメンすぎてちょっと笑えました。

こういう甘いマスクのダメ〜な男の人って、かなり好きです。というか、この人どう見てもモテるな、って瞬時にわかりますね。

優男シーレの周りには、いろんな女性たちが登場します。私が一番心に残った女性はやはりヴァリです。

ヴァリは内縁の妻のような立ち位置ですが、シーレの芸術の一番の理解者でもあり、恋人であり家族であり・・・いろんな関係性を内包する非常に懐の深い女性に見えました。

でも、兵役することになったシーレは彼女ではなく、別の女性(エディット)と結婚するんです。

エディットの事も愛していたのかもしれませんが、ヴァリを正妻にしなかったというのはつくづく”結婚”という制度の不可思議さを再認識させられます。

全然違うのにいくえみ綾『あなたのことはそれほど』を思い出してしまいました。

シーレは自分の周りの女性への好意に順番をつけられたのか、つけられなかったのか・・・。

 

最後、エディットを正妻に選んだことがどうしても受け入れられないヴァリはシーレの元を去るのですが、のちにどこかでまたシーレに会えないかと思って従軍看護婦になります。しかしついにシーレには会えないまま、病気に罹って死んでしまいます。

自分の緊急連絡先をシーレにしていたヴァリ。ヴァリの訃報がシーレに届くとき、彼は自身の個展を開いていました。

ひときわ目を引く位置に飾られた彼の傑作「死と乙女」。描かれた女性(ヴァリ)を見つめながら、シーレは彼女と過ごした年月を静かに思い起こすのです。

ああ、今思い出しても泣けます。

このくだりがどれくらい真実なのか定かではありませんが、こんなに物語的な人生も珍しいのではないかと思います。本当に切なくて悲しい話です。

 

その後シーレも当時の流行病に罹り28歳の若さでこの世を去るのですが

高熱に苛まれた彼が最後に思い返した女性は誰だったのでしょう。

Wikiを見ると直前まで妻エディットのスケッチを描いていたとのことですが、私はどうにもヴァリ贔屓で、生気のないシーレのまぶたの裏に彼女の姿を見てしまうのでした。

 

この作品を教えてくださった女上司は海外旅行もお好きな方で、エゴン・シーレ美術館にまで作品を観に行ったことがあるそうです。

私も現地に作品を観に行ってみたくなりました。

映画の感想としてついつい恋愛ロマンスにばかり重きを置いてしまいましたが、彼の芸術に対する情熱は確かに相当なものだとわかりました。

いろんな女性を振り回しながらも、それでも自身の信じる芸術を追求したエゴン・シーレ。その短いながらも物語性の高い人生に、憧憬すら抱いたのでした。おわり。

 

『Life 線上の僕ら』

将来に対しての葛藤を描くボーイズラブ作品を読むたび

私も男性に生まれて、男性の恋人を持ちたかったなぁと考えてしまいます。

Life 線上の僕ら (花音コミックス)

Life 線上の僕ら (花音コミックス)

 

手持ち無沙汰でなんとなく購入した『Life 線上の僕ら』。

漫画ならではのご都合展開でありつつも、やっぱりほろりと泣いてしまう、ハートフルラブストーリーでした。

裏表紙にあるあらすじは以下。

下校途中の一人遊び「白線ゲーム」で偶然出会った

生真面目な伊東と無邪気な西。

恋に落ち、「白線の上だけの逢瀬」に

もどかしさを覚えた伊東は咄嗟に西へキスをしてしまって・・・・・・

 

高校生から大学生、そして大人へ−−

変わらない想いと、変わりゆく現実の狭間で 

愛に翻弄された二人の男の人生を描いた感動の話題作。

 最初は「男子高校生が白線ゲーム毎日するか?」とちょっと微妙な気持ちだったのですが、

想いが通じあい身体も結ばれた大学生時代、そして同棲を始めた社会人生活に至る頃には物語にすっと気持ちが入っていきました。

 

この物語は、時系列ごとに彼らの年齢が記されています。

大きなひずみが生まれるのが28歳、一般的なサラリーマンである伊東は取引先の女性から告白されたり、会社の同僚などから結婚について唆されたりします。

脚本家となった西も、親から「孫の顔が見たい」などと似たような圧を受けるようになっていました。

もともと無駄に考えすぎる質である伊東は、ついに未来への不安に耐え切れず、西に別れを切り出してしまいます。

これを受けた西の独白が私には沁みました。

くだらない

くだらない男

普通 普通

十分普通だろ ありふれたサラリーマンが

 

不毛?俺といる事が?

自分の弱さを誤魔化す為に未来の俺の気持ちまで決めつけるな

 

何か産み出さなきゃ悪いのか?

女孕ませて家でも建てりゃ満足か?

反吐が出る

 

あんなに

 

あんなに俺を愛したくせに

全然目新しい視点じゃないんです。BLではよくある、未来が怖くなって相手の気持ちも決めつけて突き放してダメになる展開、ただそれだけなのに、

彼らの葛藤や苦しみがとても胸に迫ってくるのです。

自分の気持ちが世の中の常識に受け入れられない理不尽さに立ち尽くし、それでも最後はどうしても愛する人と一緒にいたいともがく。

そういう登場人物たちがどうしようもなく愛おしくて、似たような展開でも、結末が読めていても、どうしても読むのをやめられない、そんなボーイズラブなのです。

 

そして、あらかじめ子供を産むことのない彼らへの羨望もあります。

彼らが子供を産めないことと、女性が子供を産まないと決意すること(もしくは何らかの理由で不妊であること)は根本的に違います。

ガールズラブだって通常の妊娠・出産はありませんが、彼女たちは(私たちは)”妊みうる体をもつもの”なのです。

ホルモン剤の投与や手術などで妊娠することのない体を得ることは可能ですが、場合によってはその後に大きな不調をきたすこともあります。

女性であることで、ただそれだけで、伊東や西たちとは比べものにならないレベルで出産への社会的圧力が存在するのです。

私はそれがすごく嫌で(理由はそれだけではありませんが)どうしても自分の性を肯定的に捉えられなくて、男性に生まれたかったな、と思ってしまいます。

性自認をいくら省みてもやはり女性なので、どうしようもないんですが。。

 

種の保存やジェンダーや、そういう面倒な山積みの問題を乗り越えて、心のそこから愛する相手と人生を歩んでいく物語の終盤は心が温まります。

私もこういう人生を歩んでみたかったな、としみじみ思うのでした。おわり。

学生時代の美しさ:『月がきれい』

2017年の春アニメが終焉を迎えていますが

月がきれい』、美しかったです。

「月がきれい」Blu-ray Disc BOX(初回生産限定版)

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また、思わず「川越の観光協会の差し金か?」と疑うほど、舞台となった川越市が魅力的に描かれていました。川越行きたくなっちゃいますね。

 

中学3年生の茜と小太郎の初恋物語で、現代日本の地方都市の思春期をとても巧みに表現した作品でした。

川越ではないですが、私も関東地方の片田舎で青春を過ごしたので、なんだか非常に懐かしい気持ちで毎週観ていました。

初めての片思い、両想い、手をつなぐやらキスするやらでいちいち照れる茜たちがとにかく可愛らしくて、何度も「かわいいぃ〜〜〜」と唸ってしまいました。

 

そして、陸上部でもある茜の最後の大会のシーンなど、泣ける場面も多々ありました。家族愛、友情も繊細に描かれています。

私も27歳にもなると、中学生ばかりに感情移入せず、親の方にも気持ちが入ってしまったりします。私は子供産まないんですが。

陸上競技を頑張り続ける娘の中学最後の大会に、メッセージ入りお弁当でねぎらう茜の母はかなり粋な女性でした。

 

さらにこの作品で特徴的なのが挿入歌です。

東山奈央さんがオープニングもエンディングも歌っていますが、挿入歌も毎回東山さんのお声が入るんですね。

しかも挿入歌はカヴァー曲で、毎回毎回我々80〜90年代生まれにドンピシャな選曲なんですよね。思わず笑ってしまうほどに。

少し場面に合いすぎて興ざめ感もあったりしましたが、東山さんの麗しい歌声でそれでも受け入れられるという。これは新しい試みでした。

 

今でも劇場版アニメの最高峰だと思っている『同級生』もそうですが、学生時代とはかくも美しいものなのですね。

しかも、時が経てば経つほど、その尊さが幾重にも折り重なり、二度と戻れないその時の美しさが際立つのです。

そういう思春期の心の機微を精緻に描いたアニメ作品というのは、展開が筋書きが読めてもついつい観てしまうのでした。おわり。

『剣が君』

乙女ゲームがすっかり日常に溶け込んでおります。

以前から気になっていた作品『剣が君』のVita版をプレイしました。

剣が君 for V 通常版 - PS Vita

剣が君 for V 通常版 - PS Vita

 

あらすじは以下。

1633年の日本。鬼丸国綱、童子切大典太三日月宗近、数珠丸の5本の剣からなる「天下五剣」をかけて、各地では剣取り御前試合が行われていた。 そんな中、幕府ではあらたに駿府城代の正妻に久姫を嫁がせる話が持ち上がっていた。 町娘・香夜は久姫と顔が瓜二つという理由で、幕府の者から久姫の代わりに駿府までの花嫁行列に出てほしいと頼まれることとなる。 初めは断るものの、度重なる幕府側の圧力を打破するべく香夜はその頼みを承諾する。 そのことが彼女と、そして愛する人の運命を大きく変えることになるとも知らずに。 

Wikipediaより)

正確には、現実とよく似た別の世界、人間の他に鬼と妖怪が共に暮らす”日の本”を舞台にした物語です。

徳川家光が将軍の頃で、家光も登場します。

序章では、家光は悪役なのかと思っていましたが、話を進めると「家光、いいやつじゃん」と思ってしまう場面が結構ありました。見た目もなんかかっこいいですし。

 

私は以前幕末を舞台にした『花咲くまにまに』という乙女ゲームを途中で断念したことがあります。

結構評判の良かったゲームで、萌えどころも確かにあったのですが、どうにも歴史物の世界観にいまひとつノリきれなかったのです。

今回の『剣が君』も、最初は全然面白さがわからず、最初に攻略した九十九丸のルートを全部済ませた時には「これはいまひとつに終わりそうかな・・・」と半分がっかりしていました。

しかし、2人目に選んだ黒羽実彰から徐々に面白くなり、3人目に選んだ螢に至っては大好きになりました。

攻略した順に思ったことを書いておきます。

 

【九十九丸】

食い意地のはったゾンビ、という説明ではあまりにも乱暴かもしれませんが、いまいち萌えどころのない人でした。

他の人のルートではそこそこいい働きをしてくれました。

 

【黒羽実彰】

剣聖の隠れ切支丹。見た目も美しく、声も最高です。

でも、小料理屋の若旦那になった姿はなんだかおかしくて笑ってしまいました。

本人が幸せならいいのですが。

 

【螢】

吉備の国で人間にひどい扱いをされた鬼で、それでも人と鬼がともに暮らせる世の中を目指す人です。

照れてる男の人が大好物なので、螢はとっても萌えました。

作品の事前情報を全然持っていなかったので、螢が鬼だとわかった時はすごく驚きました。

鬼は差別の象徴、暗喩ですね。様々な作品で繰り返し描かれるテーマですが、素直に応援したくなる健気で可愛い人でした。

 

【縁】

ぱっと見ちゃらんぽらんで、実はお殿様の人。

縁は序章や他の人のルートでは本当に愛い奴なのですが、本人のルートはどれも釈然としないエンディングでした。

縁は農民となるより、やはり侍であってほしいです。でも剣の道を選ぶとどのみち死んでしまう・・・非常に惜しい人です。

お殿様と恋愛するのは相当に厳しいのですね。現実を突きつけられました。

 

【鷺原左京】

近江の鬼に家族を殺され、復習だけを胸に裏社会で生きてきた元名家生まれの人。

攻略対象の中で1番好きです。すごく怖い人、でも美しい人です。

最初は「商人の娘はのんき」呼ばわりでびっくり、敵意すら感じる態度でしたが、

香夜への好意が生まれてからの左京は非常にわかりやすい少女漫画の王道ヒーローでした。

最後に花嫁行列仲間が全員で助太刀してくれたシーンもとても感動的でした。

左京が救われなかったルートでも、悲しく切ない展開がかえって良かったです。

共に地獄に落ち業火に焼かれているのに、当人たちはそれでも幸せそうなエンディングは特にいいですね。

周りから見たらとても不幸なのに、本人たちにとっては幸福であるという形は、物事のあり方として大好きです。

でも、最も好きな左京のエンディングは本物の花嫁行列をするルートです。

仇討ちを成し遂げ、自分の家を再興し、愛する香夜の到着を待つ左京の横顔が、このゲームの数ある場面の中で1番美しいと思います。

 

【鈴懸】

高尾の山で天狗と妖怪に育てられた人。

鈴懸もなかなか可愛い人でした。結構癒された気がします。

先日仕事の飲み会で真夜中まで飲んだ後、帰りの夜道で思わず「鈴懸〜会いたいよ〜」とつぶやいてしまいました。気が滅入っていたのかもしれません。

彼はいい男ですよね。実は1番男らしいように思います。

 

以上6名の攻略対象を終えた頃には、『剣が君』の世界観にどっぷり浸っていました。

また、このゲームは音楽も大変良く、調べたところあの亀岡夏海さんが手がけているそうですね。どうりで『Black Wolves Saga』の音楽が脳裏をちらついたわけです。

亀岡さんの音楽は本当に美しいですね。

 

それにしても、このゲームには惜しいところもいくつかあります。

まず、サブキャラクターの方が総じてイケメンであるところです。

序盤から出てくる柳生三厳、縁の兄でもある松平辰影、螢の上司でもある御用聞きの金四郎、冒頭でも述べた徳川家光と、脇役の方が見た目が好みなんですよね。

最初本気で柳生三厳から攻略しようと思ってましたもん。彼が攻略対象でないなんて・・・。

そしてシステム的な話ですが、未読も飛ばしてしまうジャンプ機能はやはりあまり使い物になりません。

 

さらにもう一つ、これは個人的なことですが、主人公の名前の「香夜」。

ほぼ私の実の母親の名前でして、キャラクターが香夜香夜呼ぶたびに、頭の隅に自分の母親がちらついて若干いらいらしてしまうのでした。すみません。

しかしやはりキャラクターに名前を呼んで欲しいので、主人公の名前はデフォルトにしておきたいのでした。おわり。

 

【参考品】

亀岡夏海さんの傑作ともいうべき素晴らしい音楽が散りばめられたゲームです。私はWindows版のBloody NightmareとPSP版のLast Hopeを4年前にプレイしました。上記のVita版は多分その両方のストーリーが楽しめるのではないかと思います。

 

花咲くまにまに (通常版)

花咲くまにまに (通常版)

 

幕末の江戸を舞台にしたゲーム。やはり前にPSP版をプレイし、金髪の兄ちゃん(宝良?)の攻略を残して手放してしまいました。木戸孝允とかが出てきた記憶があります。評判はまあまあいいゲームです。

物語の芸術、乙女ゲーム『大正×対称アリス』

4年ぶりにコンシューマー向け乙女ゲームをしました。

乙女ゲーマーシスイ復活に際しプレイした『大正×対称アリス all in one』が素晴らしく面白くて美しくて悲しくも愛おしい作品だったので、記録に残しておきたいと思います。

大正×対称アリス all in one - PS Vita

大正×対称アリス all in one - PS Vita

 

 物語の大筋は以下。

ある日、少女は真っ暗闇の世界で目を覚ます。自分の名前すら思い出せず、途方に暮れていたところ、アリスと名乗る少年から「ありす」と呼ばれる。

二人は鏡を見つけて覗き込むと、その鏡の向こう側の世界に入ってしまった。

鏡の向こう側で、性別の逆転したおとぎ話の登場人物たちが、彼女を受け入れてくれた。

Wikipediaより)

本来女性である童話の主人公「シンデレラ」「赤ずきん」「かぐや」「グレーテル」「白雪」、そしてキーパーソンとなる「魔法使い」「アリス」が全てイケメン男性となっている対称ラブストーリーで、主人公・有栖百合花はもう一人の「ありす」として彼らを救っていき、真実にたどり着きます。

乙女ゲームには童話をモチーフにした作品は数々ありますが、この『大正×対称アリス』はその収束の仕方がすごかったです。

そもそもまず彼らの過去の壮絶さがひどくて、でもそれくらいひどくないとこんなことにはならないだろうという納得感もありました。

買い物依存症のシンデレラ、

対人(女性)恐怖症の赤ずきん

自傷癖と記憶の混濁が見られるかぐや、

薬物ジャンキーでキレると手に負えないグレーテル、

拒食症で味覚障害の白雪、

彼らの記憶を一同に引き受けながらも心に空虚を抱えた魔法使い、

みんな悲惨で可哀想で、でも個性豊かで魅力的なキャラクターです。

 

特に私が大好きなのは「グレーテル」です!

このゲームを選んだのも、どこかの感想ブログでグレーテルのヤンデレ具合を垣間見たのがきっかけだったのです。

期待以上の素晴らしいヤンデレを見せてもらいましたよ。グレーテル愛しい。

 

問題多い彼らをハッピーエンドに導き続けるうち、この物語全体の真実に近づいていきます。

プレイしてきた物語群は全て鏡の国(夢)の中で起きていること。

夢の外の現実世界には、眠りから覚めない少年「アリステア」がいること。

百合花の幼き頃の初恋の相手・アリステア。彼は百合花と出会った時はお金持ちの恵まれた子供でしたが、百合花が親の都合で海外に引っ越し離れ離れになった後、家庭環境が大きく変わり転落人生へ、そこで様々なトラウマを抱えていきます。

そんな壮絶な日々の中でアリステアは多重人格となり、その各々の人格こそが、シンデレラやグレーテルたちなのでした。

帰国して医師となった百合花の兄・諒士がたまたまアリステアと再会し、百合花を呼び戻しアリステアを救うために治療にあたっているのでした。

 

すったもんだあってアリステアがついに目を覚ました時は、思わず「よかったぁ〜」と唸ってしまいました。

シンデレラたちの物語はやはり相当重く、読み進めるうちに気力をだいぶ削ぎ落とされていたようです。でも、そんな苦しい物語たちが一つ一つのピースとなり、それらがだんだんと組み合わさってパズルが埋まった時の腑に落ちる感じは、なんとも言葉にできない感動がありました。

めろさんの繊細で美しいイラストと、love solfegeの緻密で心を打つ音楽も組み合わさって、思わず虜になるような壮大で芳醇な世界観に魅了されました。

まさに総合芸術だと思います。

 

久々にプレイした乙女ゲームがこんなに面白くて、大変幸せです。

やはり乙女ゲームはいいですね。改めて実感しました。

特に幼少期に「りぼん」や「花とゆめ」なんかを読んでいた女性は絶対にはまると思います。私ですけど。

 

最後に、オープニングムービーを観たいと思います。


PS Vita版「大正×対称アリス all in one」OPムービー

このオープニングが大好きでもう何回観たかわからないくらいです。

love solfegeのアルバムもダウンロード購入しました。毎日聴いてます。ハマり具合がすごいです。

美しいですよねぇ。こんな素敵な作品に出会えて本当に本当に幸せです!おわり。

物語と自分の在り方:『親愛なるA嬢へのミステリー』

なんとなく表紙につられて読んでみた漫画に、思考を引きずられています。

本好きで、気がつけばいつも物語の世界に浸っている少女・綾乃と、わけあって断筆中の小説家探偵・能見啓千(たかゆき)。

遠い親戚の二人ですが、ひょんなことから綾乃が啓千の身の回りの世話をすることになり、やがて二人に次々と数奇な事件が降りかかる・・・というあらすじです。

正直最初は、少し話に厚みが足らないような気もしました。でも絵が緒川千世さんに似ていて好みだし、啓千も綾乃も魅力的なキャラクターだったので読み進めました。

 

すると、いつも創作世界に浸って誰かの物語を生きていた文学少女の綾乃が、啓千の存在と次々に遭う事件を通して”自分の人生もまた一つの物語である”事実に思い至ったのです。

 

綾乃とは少しタイプが違いますが、私も小さな頃から漫画・アニメ・小説・テレビドラマや映画など、あらゆる物語に触れ続けて生きのびてきましたが、

常に他人の物語を生きている感覚があります。

”自分もある種の物語世界に生きている”という事実に真剣に向かい始めたのは高2くらいからでした。

しかし結局、自分の物語世界について深く考えることはやめました。

愚かに思われるかもしれませんが、世の中に溢れるエンタメ作品に比べたら、やはり自分の人生はつまらなすぎて耐えられません。

私も綾乃レベルかそれ以上の「物語中毒者」ですが、それは自分の生活があまりに面白くないので、そこから現実逃避して意識を飛ばすために、必死に他人の人生を貪っているのだと思います。

 

”私は私の人生の主人公”的な言説がよくありますが、そんなことは今更百も承知の上で

私は私の物語について考えること・コントロールしようとすることを放棄したのだということに、今日この漫画を読んで思い至りました。

私はこれからも面白い作品に出会ってその世界観に浸りたいし、他人に翻弄されながら他人の人生にちょこっと登場させてもらう方がいいです。

綾乃と啓千の物語の行方も、また他のモリエサトシ作品も、引き続き追っていこうと思います。おわり。