れっつ hang out

ひまをつぶしましょう

音楽の力:『リズと青い鳥』

ここまで強く胸を打つ作品をつくり出すなんて・・・今年は京都アニメーション様に泣かされっぱなしです。

現在公開中のアニメ映画『リズと青い鳥』が本当に美しくて切なくて、観てからというもののその世界観にどっぷりハマっています。


『リズと青い鳥』ロングPV

物語は以前放送されていた人気アニメ『響け!ユーフォニアム』の登場人物のうち、北宇治高校吹奏楽部のオーボエ担当・鎧塚みぞれとフルート担当・傘木希美、2人の3年生に焦点を当てた群像劇です。

 

アニメ本編から多少繋がっているので、この映画単体で鑑賞しても楽しめるかもしれませんがやはりシリーズ1話から観ていた方がいいかもしれません。

あらすじは以下。

ーーーひとりぼっちだった少女のもとに、青い鳥がやってくるーーー

 

鎧塚みぞれ 3年生 オーボエ担当 。

傘木希美 3年生 フルート担当。

 

希美と過ごす毎日が幸せなみぞれと、一度退部をしたが再び戻ってきた希美。

中学時代、ひとりぼっちだったみぞれに希美が声を掛けたときから、みぞれにとって希美は世界そのものだった。

みぞれは、いつかまた希美が自分の前から消えてしまうのではないか、という不安を拭えずにいた。

 

そして、二人で出る最後のコンクール。

自由曲は「リズと青い鳥」。

童話をもとに作られたこの曲にはオーボエとフルートが掛け合うソロがあった。

 

「物語はハッピーエンドがいいよ」

屈託なくそう話す希美と、いつか別れがくることを恐れ続けるみぞれ。

 

ーーーずっとずっと、そばにいてーーー

 

童話の物語に自分たちを重ねながら、日々を過ごしていく二人。

みぞれがリズで、希美が青い鳥。

でも......。

どこか噛み合わない歯車は、噛み合う一瞬を求め、まわり続ける。

 

公式サイトより)

 

彼女たちの心の機微を繊細に描くアニメーションは圧巻です。

けれど、私が一番感動したのは彼女たちが奏でるコンクールの自由曲「リズと青い鳥」の第三楽章、みぞれと希美がソロで掛け合うメインテーマです。

リズと青い鳥 第三楽章「愛ゆえの決断」

リズと青い鳥 第三楽章「愛ゆえの決断」

  • provided courtesy of iTunes

みぞれたちの掛け合いは長い間うまく噛み合わず、顧問の滝先生や部員仲間も度々そのことに言及します。

特にみぞれのオーボエは誰もが認める一級品で、完璧なのは皆が理解しているのに、どこか物足りない。

 

みぞれの才能に目をかけている外部指導者の新山聡美先生は、みぞれの進路に自身が通っていた音大を進め、受験に向けていろんなサポートをしていました。

みぞれが第三楽章のソロを吹くときに何を考えているのかを新山先生が問いかけたとき、みぞれは青い鳥を送り出すリズの気持ちがどうしてもうまく想像できない、共感できなくて心を込められないことを打ち明けます。

みぞれがリズなら、青い鳥を送り出すなんてことはできない。希美にどこにも行ってほしくない強い気持ちを想起させます。

しかしそこで新山先生が、リズの気持ちではなく青い鳥の気持ちを想像してみるよう提案すると、そこで初めてみぞれはリズの青い鳥への愛情と、それを受け入れざるを得ない青い鳥のリズへの愛情に思い至ります。

 

そのあとの合同練習でのみぞれの演奏が、もう、とにかくすごかったです。

部員たちもみぞれの演奏のあまりの迫力に自身の演奏に集中できず、泣き出す生徒も出るほど。

しかしそんな状況にも気づかないくらい、集中してのびのびとオーボエを吹くみぞれ。

この、みぞれが本当に覚醒した合奏の場面が、この映画の一番の山場だと思います。

私はこの場面を観たとき、「音楽の力ってこんなにもすごいんだ」とあらためて驚きました。

物語ももちろん素晴らしく、アニメーション描写もこの上なく美しいです。けれど一番胸に迫るのはこの「リズと青い鳥」第三楽章のずば抜けたメロディの美しさ、オーボエの伸びやかさとそれを支える和音のバランス、音楽にここまで感情を揺さぶられたのは本当に久しぶりか、もしかすると初めてかもしれないというレベルでした。

 

映画を観終わって電車に乗っている時も、思い出しては感動して泣いていました。

あまりに泣けるのでサントラをダウンロード購入し、もう一度映画を観てまた感動し、ついには原作小説まで買って読んでしまいました。

Kindle版ないんですね。久々に紙の本買いました。

中身を確認するため書店で中をざっと読むと、それだけでまた泣いでしまいました。どんだけ泣けるの自分。

「響け!」シリーズの原作を読んだのは初めてでしたが、原作はみんな関西弁だったんですね。まあ、京都の学校の話ですもんね。結構アニメと違うところがあって驚きました。

リズと青い鳥』もところどころ原作とは違う箇所があり、結構別物というくらい違いがあります。けれど、やはり原作でもみぞれが自分の力を真に解放する上記の場面は圧巻で泣けます。滝先生も泣いてたんですね。みぞれ凄すぎです。

というか、この原作者の武田綾乃さん、ものすごい描写力です。小説という言葉だけの世界で、こんなに音楽を豊かに表現できるなんて、本当に驚きました。

そして、武田先生の描写通りの完璧な音楽を作曲した松田彬人さんも凄い。この音以外にはありえないと思うくらい、原作通りの曲でした。

 

優れた原作、優れた制作陣、全てがこれ以上ないくらいぴったりにはまって、このような至上の作品が出来上がったのだなぁと、あらためて感動しました。

世の中にはこんなにも美しいものがあるのだと、しみじみこの作品に出会えた幸運を噛み締めずにはいられません。おわり。

28歳無職:『凪のお暇』

面白い作品に巡り合いましたよ。

凪のお暇 1 (A.L.C.DX)

凪のお暇 1 (A.L.C.DX)

 

主人公の大島凪28歳は、前の職場で精神の均衡を崩し最終的には過呼吸に陥って退職。東京郊外で無職の節約生活をはじめ、人生の再スタートを切ります。

 

いや〜28歳無職って、私もまさに今28歳無職ですけど、凪のニート生活には愉快なご近所さんたちや拗らせすぎて不憫萌えな元彼など、面白い登場人物がいっぱい出てきて素晴らしい。私はここ最近お試し体験の英会話の先生(カナダ人男性34歳)と1時間喋った以外は店員さんとのレジでの「Suicaで」くらいしか喋ってないですよ。あとは独り言。

 

凪は節約術もすごい。料理上手だし金のかからないエクササイズにも詳しいです。ビニール袋でリフティングするやつには感動しました。こんな楽しくてお金のかからない運動がこの世にあったなんて!

 

***

 

凪は空気を読みまくるおとなしい系女性なのですが、そのせいで精神的にやられて会社をやめたので、退職してからの彼女はちょっと辛辣になってクールで素敵です。

特に一番すごいと思ったのが第2巻終盤、ハローワークで出会った友人・坂本さんに強引に連れていかれた婚活パーティで偶然あった前の同僚・足立さんにまくし立てるところです。

「じゃあなんで今日の足立さんはそんなに肩出して迎合した格好してるの?」

「は?」

「雰囲気違くてビックリしたのはこっちもだよ

足立さんてもっとこう媚びないカジュアルって印象だったから

もしかして会社帰りわざわざ着替えたの? すごいガッツ!

なのに収穫ないってちょっと切ないね

でもエントリーシート見つめ直してから来いだなんて

さすが足立さん強気だなぁ」

「当たり前じゃない 突っこむだけの男とは違うのよ

こっちは受け入れる側なんだから強気で行くべきでしょ」

「それなんだけどさあ

男の人だって言う程誰でもいいわけじゃなくないかな?

自意識高くてこじらせた女性わざわざほぐして入れるのなんて面倒そうだし

向こうだって足立さんがしたように最低限の線引きはしてると思うけど

それにエントリーシート見直して来いってことは職業や年収がお眼鏡に適えばOKってこと? その人の肩書によっては抱かれちゃうってことだよね?

それって露出の多い服ってだけで寄ってく男と同じくらい浅ましくない? 」

慧眼〜というか、ほんと婚活パーティみたいな場所って双方向が評価し合うってことを失念している人が多いと思うんですよねぇ。前の仕事で散々運営してたので見ていてうんざりでした。

そして凪の偉いところは、他人にズバッと言った後で自分のこともちゃんと省みるところです。

凪の元彼・慎二。彼は営業部のホープでイケメンでした。自分もそんな彼の肩書に抱かれていたのかもしれない、と内省する凪。やっぱり彼女は根が謙虚なんですよね。

だから「ヤりたいだけの男も 肩書きに抱かれたい女も責められない」と自分を断じる凪なのでした。

 

***

 

凪も可愛くてとても好きですが、私は凪の元彼・慎二がものすごく好きです。

最初はただの意地の悪い調子のいいイケメンだと思っていたのですが、2巻から慎二がいかに凪のことを好きか、そしてそれを素直に表現できない小学3年生もびっくりのガキっぽい性格かが描かれ、私は慎二に完全に萌えてしまいました。不憫萌えです。

好きな人をボロクソに言ってしまうあの心理。ガキっぽいと自分でも気づいているんですがどうにもできない時があります。私も幼い頃は若干その気があったので。

今は好きな人ができるとうざいくらい本人に好き好き言いまくるタイプになったんですが、いつどこでシフトチェンジしたのかあんまりよく思い出せません。

それにしても慎二好きです。可愛いなぁ慎二。でもやっぱり凪に「ブスになったな」はいけませんね。聡明なキャバ嬢の杏ちゃんも言っていましたが、”ブス”は女の子に言っちゃいけないワード万国共通ナンバー1です。

 

***

 

凪の新生活は、私が新卒で入った会社をやめた時とよく似ていて、ちょっと懐かしくなりました。季節も夏だったし、失業保険の手続きもしてたなぁ。ハローワークのおばさんはずっといい人だったけど。

旅行にも行ったけど、それ以外は図書館で借りてきた本読んで、料理して・・・先の全く見えないあの、心もとないけどしっくりくる感じ。

 

次の仕事が決まっているから言えることかもしれませんが、ニート生活って誰しもやってみたほうがいいんじゃないかって思います。

やるべきことがまったくなくなったときの自分を数ヶ月眺めると、空気を読んで押し殺していた自分の本音が、わからなくなっていた自分自身がちょっとずつ見えてくる感じがするのです。

って言っても私は凪ほど空気読めないタイプなんですけどね。そして我慢強くもないので無理と思うとすぐ辞めてしまう。全然凪とは違います。

それでもすごく共感できるのは、この20代の数年のうちに何度かニート生活してるからに他なりません。

 

なんで今の職場にいるのかよくわからなくてもやもやしている、なんとなく惰性で職場に通っていてスッキリしない、そういう人に読んでほしい作品だとおもいました。おわり。

旅とスタンス:『from everywhere.』

小学校低学年の頃『ロードス島戦記-英雄騎士伝-』は、ストーリーはほとんど理解できないにも関わらず毎週観ていた稀有なアニメ番組で、成長してからもこのアニメのオープニングテーマとエンディングテーマがずっと心に残っていました。

小学校高学年になった頃「あの曲なんていう曲なんだろう」とふと思い出し、朧げに覚えていた歌詞を自宅のパソコンで検索すると、坂本真綾という人の「奇跡の海」という曲のコード表が出てきました。

ちょうどその少し後『ラーゼフォン』というアニメを視聴していて、またオープニングテーマが魅力的な曲で、それも坂本真綾さんが歌っていました。(「ヘミソフィア」という曲です。)

 

そんなことがあり、思春期の多感な時期によく聴いていた音楽の一つに坂本真綾さんの楽曲が数多くあり、彼女の曲は今でも好きでよく聴いています。

そんな坂本真綾さんが、自身が29歳の時の約5週間にわたるヨーロッパひとり旅の模様を書いたエッセイを読みました。

from everywhere.

from everywhere.

 

坂本さんは8歳の頃から子役として芸能界で活躍していて、この旅に出た29歳になるまでずーっと働き続けていたそうです。

すごいなぁ。数ヶ月ちょっと働いただけですぐ嫌になる自分からは想像もつかない世界です。

 

そんな彼女が初めて捻出した長期休暇で一人旅する様子は、とても素直でユーモアとセンスに溢れていて面白かったです。そして示唆に富んでいました。

 

坂本さんがこの旅を敢行したのは2010年、ちょうどスマートフォンが多数派に切り替わるくらいの年。

このころも昔に比べれば旅のための環境が格段に整備されていますが、そこからさらに8年経った今、時代はますます大移動時代に突入しているように思います。

スマートフォン1つでLCCのチケットから宿の手配からガイドから美味しいお店の口コミまで揃う、こんなに旅がしやすい時代が未だかつてあったのでしょうか。

そんな時代だからか、ここ数年は旅を推奨する言説が随分増えたように感じます。

 

坂本さんは本書の最後で「ひとりになりたくて旅に出たのに、私は人を求めて歩いていたんだと、今日わかった。」と書いています。

私はなんのために旅に出るのか、改めて考えたことがあんまりなかったことに思い至りました。

 

私は長年飛行機が苦手で、克服したのはこの2、3年のことです。

大学の時の地理学の先生が鉄道オタクで、彼の話が面白くて日本国内を電車で旅行するようになったのは20歳になる少し前でした。

大学を卒業するときは夜行バスも使って、四国と九州をめぐりました。

フリーターになった頃はほとんど休みがなかった中なんとか夏の数日間だけ時間を取り、東北地方でまだ足を踏み入れていなかった山形、秋田、青森を18きっぷで巡り、

新卒で入社したメーカーに勤めていた頃は、設備の故障で急に降って湧いた休みに長瀞や新潟に遊びに行ったりもしました。

そのメーカーをやめた直後は鳥取、島根、長崎を含む西日本旅行をし、

前の職場では夏休みに高知と愛媛、春には仕事を抱えたまま大分と宮崎をめぐり47都道府県全てに旅することができました。

それからは、家族旅行で10歳の時以来一度も行っていなかった北海道に行くべく10年ぶりに飛行機に乗り、高校の修学旅行以来行っていなかった沖縄に行くべくまた飛行機に乗り、さらには奄美大島にも飛行機で行きました。

立て続けに飛行機に乗ってやっと慣れてきて初めて海外旅行が視野に入るようになりました。

 

10代の頃も家族や学校の行事や部活動の合宿その他で大きい意味での旅行はいろんなところに行きました。でもなんだかどれも断片的な記憶しかありません。

自分の心に強く残っている旅はどれも10代最後から始まった一人旅の記憶です。

一人旅を始めた頃は「47都道府県全てに足を踏み入れる」という目標があって、それを達成した26歳の春にはそれなりに達成感がありました。

その次は「すべての都道府県の鉄道に乗る」ことを目標とし、北海道と沖縄という、10代の頃に行ったきりの場所に苦手だった飛行機で一人旅しました。

奄美大島にも行った頃心底満足するとともに思ったことは、確かに所変われば食べ物や雰囲気やいろんなところが違うけれど、あくまで日本はどこ行っても日本だな、ということです。

 

それからは、国内あちこちフラフラしつつもイマイチ気分がパッとしなくて、やっぱり一度海外に行ってみなければ、でも言葉わからないしなんかあったら怖いし、と思い悩んで28歳になってすぐ行ったのが台北でした。

ほぼ日本とも言われる台北は、確かに言葉がちょっと通じない陽気な東京みたいな感じでしたが、帰国した時に「ああ、あそこは外国だったんだ」とハッとしたのを今でもよく覚えています。

日本を出て初めて日本が相対的に見えるんだなぁ、と沖縄と対して変わらない位置にある台湾に行ってさえ感じるのだから、ヨーロッパなんて行ったらもっとカルチャーショックがあるのでしょう。

 

***

 

さて、この本を読んで「ほんとその通りだな」と思った箇所。

外国でことばが通じないときに感じる疎外感は、同じ日本語で話しているのに自分の気持ちがうまく伝えられない、人と腹を割ってわかり合えないと思うときのそれに比べたら、どうってことない。私は英語が喋れないことよりも、自信のなさを取り繕ってかっこつけていることのほうがよっぽど恥ずかしい。

私も海外旅行をまだ視野に入れていなかった頃は「英語喋れないし聞き取れないしわかんないし無理」って思っていたけど、いざ行くことを決めたら「まあなんとかなるでしょ」と妙に楽観的になり、そして本当にその通りでした。(不便はあるので語学はできるに越したことはない。)

実際はことばが通じるかどうかの不安よりも「おかしな振る舞いをして変に思われたらどうしよう」とか「おどおどして怒られたらどうしよう」とか、そういう”周囲からの目線”に変に怖気づいてしまうことのほうが多かったです。多分、日本にいても無意識のうちにそういう思考だったんでしょうね。

よくよく考えればどこから見ても明らかに外国人だし旅人なんだから、少し変な感じでも誰も気にしないし、というか旅先で恥かいたって別にどうってことないんですよね。もっといえば、別に日本に居たってどこに居たってそんなに他人の目をきにする必要はないのです。

そういう知らず識らずのうちに自分に染み付いて居た余計な癖みたいなものを認識して、取っ払う訓練ができるのは、海外旅行のいいところだと思いました。

 

***

 

坂本さんは旅の後半の19日目くらいから、旅先も、自分が自分の日常を過ごす場所も、本質的には同じはずであるということに気づき始めます。

ここではないどこか、それを探し求めていたけれど、どこであれこの世界に特別でない場所なんてない。毎日が特別な日だし、誰もが特別な命を生きている。ただ、あまりにも近くにありすぎて普段はそれに気がつかないだけなのかもしれない。

私が呼吸し、立っている場所がすべて特別なのだとしたら、東京のいつもの生活もすでに私にとってはちゃんと帰るべき場所であったのかもしれないと。こんなに遠くまで来てやっと気がつき始めたようです。 

そして最終日にはこう書いています。

旅は現実逃避だったの?

否定できない。だけど、例えそうだとしても、いつかは坂本真綾という人間の日常へ私は帰るしかないんだ。いつまでも旅人でいたいけど、旅の中でしか自由な自分でいられないなんて、そんなの変だもの。

世の中には”いつまでも旅人”な人ももちろんいるけれど、また最近はそういうライフスタイルが結構もてはやされているけれど、少なくとも自分には向いていないとつくづく感じます。

旅は面白いし発見がたくさんあるけど、やっぱり疲れます。ずーっと旅行に行けないのもつらいけど、ずーっと旅行していなければならないのもしんどい。だからこそ、旅の中でも外でも、ちゃんと自由でいられるようになりたいと思いました。

 

***

 

ヨーロッパには行ってみたいけどどこから行こうかちょっと考えあぐねてたんですが、

この本を読んでリスボンバルセロナフィレンツェプラハ、パリに行ってみたいと思いました。おわり。

人生を生き延びるということ:『憤死』

先週海外旅行で飛行機に乗っていた際、自分の人生の記憶を覚えている限り最初から振り返ってみる、という試みをしたのですが、幼少期の記憶がほとんど曖昧であることに気づきました。

少なくとも小学校に入る前の、3歳〜5歳くらいの記憶だとおもうのですが、それが果たして本当に自分が記憶しているものなのか、親などの他人から教えられてあたかも自分が記憶しているように錯覚しているだけなのか、確証がもてない事柄が非常に多いです。

 

人々がどのくらい昔からの記憶を保持しているのか、ちょっと気になります。

そんな、幼い頃の記憶が大人になっても人生に絡まるような物語の短編集が綿矢りさ『憤死』です。 

憤死

憤死

 

この表紙、めちゃめちゃインパクトあって好きです。

 

綿矢さん自身の幼少期のお話「おとな」から始まり、少年時代の不思議なおじいさんとその後の同級生とのホラーな展開がちょっと怖い「トイレの懺悔室」、好きじゃないけれどなんとなくつるんでいた気性の激しい女友達との再会の話「憤死」、そして男子の親友3人組が小6の時に遊んだボードゲームを巡って数奇な運命をたどる「人生ゲーム」の計4篇が収録されています。

 

読んでいて思ったのが「”世にも奇妙な物語”っぽい」、ちょっとゾクッとする話が多かったです。

「憤死」は笑いましたけど。

 

タイトルの「憤死」とは、同小説によると世界史でちょくちょく出る死に方だそうで、「どうやら誰が見ても悔しく失意のうちに死んでいった人物を、憤死扱いにするらしい」のですが、私は世界史をかけらも勉強しなかったので知りませんでした。

語り手の女性の同級生の佳穂が失恋の末自殺未遂を起こし、それを面白がって語り手が見舞いに行くという話なのですが、佳穂の自殺がまさしく憤死なのだと思い至る語り手の表現が秀逸で面白かったです。

佳穂は自分の命に八つ当たりした。小学生の頃と変わらないパワーで癇癪を爆発させて、怒りにまかせて、軽々と自分の命に八つ当たりしたのだ。

「死ぬかもしれないのに、恐くなかったの?」

「死なんて、」驚いたことに佳穂は鼻で笑った。「あんまり腹が立ってよく考えてもいなかったわね。看護婦をしてるあなたにこんなこと言ったら、叱られそうだけど、生きるか死ぬかなんて、本当にどうでも良かったのよね。ただあの瞬間、身が焼き切れそうな怒りから逃れられればよかったの」

 

綿矢りさ「憤死」『憤死』河出書房新社 2013.3.30)

”自分の命に八つ当たり”ってすごい表現だな〜と感心しました。

佳穂みたいな激しく自分の人生に没頭している人って羨ましいといつも思います。失恋して殺人とか自殺とか、よく知らないけどイタリア人みたいっていうか、ラテンぽいというか。そういう情熱的な人生って素敵だなぁと他人事のように思います。

 

***

 

この短編集の中で一番好きな話は最後の「人生ゲーム」です。

小学6年生のコウキとナオフミと語り手の仲良し3人組がコウキの家で人生ゲームをして遊んでいると、2階から降りてきてキッチンの牛乳を飲むコウキの兄の友人らしき青年からちょっかいをかけられます。

そんなボードゲームよりリアルな人生の方がずっと大変だと茶化すと青年は「おまえらが本物の人生で大変になる場面に、マークつけてやる」と言い出しマジックで3つのマスに丸印をつけてしまいます。

すっかり興が削がれた3人は人生ゲームをやめて公園で遊ぶことにしました。

 

その後彼らは中学生になり高校生になり大学生になり、別々の学校に進みつつも付かず離れず仲良くしていた3人に大きな出来事が起こります。それはナオフミの交通事故でした。

大学生だったナオフミは取り立ての免許で彼女とドライブしていたところ事故を起こし、自身は軽傷で済んだものの一緒に乗っていた彼女は脚に大きな怪我を負い、ぶつかった相手も全身打撲で入院。ナオフミの人生は一転し、大学を辞め多額の慰謝料を返す日々を送ることになります。

コウキたち親友もできるだけの援助はしたものの、会うたび辛気臭くなるナオフミに内心嫌気がさして少しずつ疎遠になりかけていました。

そんな折にナオフミが自殺してしまいます。

何も言えないナオフミの葬儀の後日、コウキに呼び出された語り手はコウキの実家で昔遊んだ人生ゲームを見せられます。

忘れかけていた小6の時の記憶。謎の青年が勝手に丸印をつけたうちの一つのコマ、”買ったばかりの新車で人身事故! 一万三千ドルはらう”を目にして血の気が引く2人ですが、丸印をつけた青年の身元や消息は謎のまま、ただの偶然ということでやり過ごしました。

それから数年、社会人になった彼らはまたもや難儀な運命に直面します。

コウキが勤めていた大手銀行が突然の破綻、なんとか次の就職先を見つけたコウキでしたが、再会した彼の様子はとても大丈夫じゃなさそうでした。

居酒屋で再会したコウキはあの人生ゲームを持ってきていて、青年が丸印をつけた二つ目のコマ、”勤めていた会社が倒産! 無一文に”に2人は少し冷静でいられなくなります。

それでもどうすることもなくやりすごすしかなかった矢先、前の銀行で不正融資に手を染めていたことが発覚したコウキは投身自殺してしまいました。

語り手の彼は大事な親友2人を失い、偶然にしては出来過ぎている謎の丸印がついた人生ゲームをコウキの形見として貰い受けました。

最後に残った彼はそれなりに幸せな人生を全うし、妻に先立たれて一人ぼっちになった自宅であの曰くの人生ゲームを一人でプレイします。

一人でゲームを進める彼の車が止まった三つ目の丸印のついたコマは、”がんが見つかる! 手術代として一万ドルはらう”。

 

この後の展開はちょっとファンタジーなので実際読んでいただくとして、この作品は一人の男性の一生が実に巧みに鮮やかに描かれていて、本当に見事で圧巻でした。

最後の方の、彼の人生語りは読んでてじんわり泣けてきました。決して世界に名を残す偉業を成し遂げたわけでも、ドラマティックな大恋愛をしたわけでもないけれど、様々な登場人物との思い出や嬉しかったこと悔しかったこと悲しかったこと楽しかったことが走馬灯のように口から溢れ出し、目の前に広がるような様子は、人生を懸命に生き抜いた人の美しさに満ちていると思いました。

彼が語り終え再びルーレットを回して、ようやくゴールにたどり着くところもとてもいいです。

 

***

 

過去には戻れないし未来もわからない、人生は常に今しか実際に見ることはできません。

記憶は時間とともに美化されたり歪曲されたり忘却されたりしますが、それでも人が生きていくということは、確かに過去を生きて積み重ねたということに他ならないのだと、この作品を読んで改めて思い知りました。

どんな人にも生き延びていく限り、過去があり、経験があり、思い出があり、後悔があり、未来があるのですね。おわり。

『1122』

前の職場を退職して3週間くらいが経ちました。

ニート生活がこんなに天国なのは、いい漫画、いい映画、いいアニメ、いいゲーム、いい本などなど、いい作品が世の中に溢れているからに他なりません。本当に、全てのクリエイターに感謝します。

そんなニート生活の中でハマってる漫画が渡辺ペコさんの『1122』(いいふうふ)です。

1122(1) (モーニング KC)

1122(1) (モーニング KC)

 

その結婚は、

幸せですか、

辛いですか。

 

妻・相原一子(あいはら いちこ)。ウェブデザイナー

夫・相原二也(あいはら おとや)。文具メーカー勤務。

結婚7年目。

子供なし。

私たちには秘密があります。

 

結婚をしたい人もしたくない人も、

結婚を続ける人もやめた人も、

「結婚」を考えるすべての人に届けたい——、30代夫婦のリアル・ライフ。

 

『にこたま』完結から4年、渡辺ペコ待望の新連載!!!

モーニング公式サイトより) 

 

笑える面白さがちゃんとありつつも「あー面白かった」で終われない意地悪さのようなものがザクザクあって、とてもコシのある作品です。

 

いちことおとやはセックスはしないけれど仲良しの友達みたいな夫婦です。

ある時いちこの気が乗らなかったことからセックスレスになり、そこから相手の恋愛とセックスには干渉しないというルールを作り、セックスなしでも楽しく暮らしている二人。

おとやには外にW不倫関係の恋人・美月がおり、いちこはそれを公認しつつも、恋に浮かれているおとやに若干の不満を抱えています。

元はいちこのセックス拒否から始まったことなので、いちこは理屈ではおとやの外での恋に納得はしているものの、自分のちょっとした欲求不満や、おとやだけが外で満たされている状況に羨望に近い嫉妬があるんだと思います。

 

おとやは私からするとすごく理想的な男性です。

仕事に情熱はないけどちゃんと稼いできているし、男性特有の厚かましさみたいなものもないし、かといって優柔不断でも弱々しくもない。極めてバランスのいい、素敵な男性だと私は感じました。

2巻でいちこもおとやのことを褒めていますが、つくづくおとやはナイスガイ。

「相手をよく見てよく聞いてより添ってくれるし労ってくれるし

言葉だけじゃなくて ちゃんと動いてくれるし面倒くさがらないし

あとねー

家事やってくれるし器用だし気がきくし

ケチじゃないし店員さんとかに横柄じゃないし

仕事だってじゅーぶんちゃんとやってると思うし」

「てへへ そうかな」

「おとやんはナイスガイだよ」

 

渡辺ペコ『1122②』講談社 2017.11.22 より)

このあと二人はいい雰囲気になり、久々にセックスするかと思いきや勃たないおとや。笑

中途半端に目覚めた性欲をもてあますようになったいちこは、友人から噂で聞いた女性向けの風俗に興味を持ち始めます。

 

いちこ夫婦以外の主要登場人物に、おとやの恋人で専業主婦の美月とその夫・志朗、二人の息子・ひろがいます。

美月を見ているのが私は一番つらいです。

息子のひろは2歳になるものの、知能その他の発達が1年以上遅れているといいます。ぱっと見た感じ自閉症っぽいですね。

夫の志朗は家事育児一切を美月に丸投げで、稼ぎは十分だしそれなりに責任感もありそうだし妻も子供もそれなりに愛してはいそうだけど、思いやりを全然感じられません。

志朗と美月はセックスレスではないけれど、志朗相手のセックスが美月には肉体的にも精神的にも苦痛で仕方がありません。

いつから夫とのセックスが苦痛と恐怖を伴うものになったのだろう

挿入されながら

枕元の重い花びんを手に取って

夫の頭に振り降ろすところを想像する

 

そうしてわたしはこの時間をやり過ごす

 

渡辺ペコ『1122②』講談社 2017.11.22 より)

美月は多分志朗のことをもう好きになれないんじゃないかと思うんですよね。

美月は不倫の恋人・おとやを愛してしまっているように見えます。救いのない息詰まる生活の中で唯一心のオアシスとなっているおとやの存在が、心のバランスをとる以上に膨らんできてしまっているような。

だからおとやの妻であるいちこが、自分たちの不倫を最初から知っていて公認していることを知って我慢ならなくて、自分がおとやたち夫婦の緩衝材のように思えて惨めでいたたまれなくなり「馬鹿にしないで」と怒ってしまったのでしょう。

それでも、腹がたってもやっぱりおとやを好きで手放せない美月。

 

しかし、今ふと気づいたんですが、美月は志朗と結婚したからこそおとやに惚れたんじゃないかなーと思いました。

だって志朗とおとやって全然タイプが違うんです。

私はおとやは大好きですが、志朗は登場するたびに腹がたって仕方がないくらい嫌いです。メガネのクールイケメンな見た目はどストライクでも志朗は許せないです。

例えば、志朗の母親がひろの育児に口出ししてきて困ってることを相談したときの志朗の返しが以下。

「あなたは 父親でしょう?」

「そうだよ だから働いて稼いでる

こうやって休日も持ち帰って仕事してる

それが俺の役割だから

君たちに経済的な苦労や心配させたことないよね?」

 

渡辺ペコ『1122②』講談社 2017.11.22 より)

「そーゆうことじゃねーよ!」って、私なら殴りかかっちゃいますよ。

さらに志朗に対して「こいつはホントに無理」と思ったのが、美月の友人たちを家に呼んだらどうかという志朗の提案を美月が却下した時のエピソードです。

「志朗さん わたしの友達にジャッジ厳しいし」

「ジャッジ?」

「「あの子はブス寄りだけど笑顔がいいね」とか

「あの人箸の持ち方と食べ方がひどかった」とか

友達のこと品評みたいに言われるのやなの」

「1つ目のはほめてるし

2つ目のは単なる事実でしょ」

「わたしは求めてないのそういうの (後略)」

 

渡辺ペコ『1122②』講談社 2017.11.22 より)

「1つ目のはほめてるし」?

ほめてねーーーーよッッッ!!!!!

ってイラっとしました。

どんなに顔が良くて稼ぎが良くても、志朗とは絶対仲良くなれないです。

でも、美月は志朗と結婚して子供までいるわけです。二人の馴れ初めはまだ知りませんが、昔は美月も少しは志朗に惹かれてたってことですよね?多分。

志朗に惹かれて、結婚して失望していたからこそ、おとやに出会って彼を好きになったんだと思うんです。

 

***

 

話の本筋からは離れますが、美月の境遇が見ていてつらいのは志朗のせいだけではありません。

人でなしと思われるかもしれませんが、私は美月の息子・ひろもどうしても可愛いと思えないのです。

障害があるのはわかります。それでも、ああして泣き叫ばれて言うこときけなくて暴れまわる息子と二人きりで家に閉じ込められたら、私は発狂するか虐待してしまっても不思議じゃない気がしました。

加えて姑からのオカルトな占いの勧めとか、夫の非協力的な態度や苦痛でしかないセックス(私はもうこれはレイプと同じだとすら思います)とか、追い詰められる要素しかない美月の環境は地獄そのものです。

唯一の息抜きである生け花教室とそこで出会ったおとやとの恋がなければ、美月はもう立っていられないのではないかと思うほどです。

 

私は美月とひろを見てあらためて、自分はやっぱり子供を生むことはできないと思いました。

自分が腹を痛めて産んだ子なら可愛いとか、全然信用できないです。自分の体から産んだって、たとえ心の底から愛する人との間にできた子だって、愛し育てる自信はないです。

ひろを見ている時の、あの形容しがたい嫌な気持ちは逃げ出したくなります。

だから、ひろをちゃんと抱っこしてきちんと根気強く育児している美月はとても強い女性だと私は思います。

彼女の強さが正しい方向に発揮されて、この地獄から抜け出せることを祈るばかりです。

 

***

 

来月3巻が出るらしいこの作品。

いちこは多分風俗に行くし、おとやは美月に確かに恋しているわけですが

セックスしない、子供ももたない仲良しの二人が婚姻関係を結ぶ必要性というのを、もっともっと多面的に検証していくことになるんだろうなぁ、となんとなく想像しています。

どうなっちゃうのかなぁと心配になりつつ、いちことおとやの夫婦って結構理想的に思えて、できれば二人には最後まで仲良しでいてほしいと願う自分がいます。おわり。

選民意識とアイデンティティと夢:『絶対階級学園』

また面白いゲームに出会えてホクホクしています。

絶対階級学園 - PS Vita

絶対階級学園 - PS Vita

 

乙女ゲームなのでもちろん萌えもあるのですが、この作品は人間の(mind、意識、脳機能といった広い意味での)”こころ”の恐ろしさを見事に描いた意欲作でした。

 

簡単なあらすじは以下。

2026年、日本。

東京湾を囲む「リングエリア」内の貧民地区に暮らす主人公・藤枝ネリ。

慎ましくも穏やかな日々を送っていたが、ある日突然、たったひとりの家族である父親が失踪してしまう。

「櫂宮学園へ行きなさい」

ーーー謎の手紙を残して。

私立櫂宮学園。

特権階級に属する良家の子女のみを集め、

未来の日本を担うエリートの育成を目的として創設された、全寮制の名門校。

ネリは父の置き手紙に従い、セレブが集まる櫂宮学園に転入することになった。

しかしそこはとてつもなく豪奢だが、絶対的階級制度に基づく「身分差別」に支配された学園だった。

 

階級制度の頂点で学園を統治し、あらゆる権力を有する「女王」

全てにおいて優位に立つ、選ばれたエリートたちが属する特権階級「咲き誇る薔薇」

最も多くの生徒が属する平民階級「名もなきミツバチ」

同じ生徒でありながら、使用人同然に虐げられ使役される奴隷階級「捨て置かれた石ころ」

そして、絶対的制度に抵抗する生徒で組織された反体制グループレジスタンス」

 

想像を絶する格差社会の中でネリが出逢う「恋」、次第に浮かび上がる学園の「真実」とはーーー!?

公式サイトより)

主人公のネリは高校2年生です。

リングエリアの貧民地区から突然特殊なエリート学園に連れてこられたネリが、学園の不条理な階級制度に戸惑いつつも迎合するか・抗うか・様子をみるか、いくつかの選択肢を進むことによって薔薇階級に上がるルートか石ころ階級に落ちるルートに分かれます。

各攻略キャラクターごとに薔薇ハッピーエンドと石ころハッピーエンドが用意されており、全てのキャラクターのハッピーエンドを開くと今度は各キャラクターごとに”真相ルート”が開きます。

 

キャラクターを一人一人攻略するごとに学園の謎が深まる構成が見事で、シナリオや音楽、イベントスチルの美麗さやボリュームも申し分ない素晴らしいゲームです。

凡庸な主人公の女の子がセレブ学園に放り込まれるラブコメディは世の中にいくつかありますが、この作品はそれらとは一線を画す哲学的・社会学的・心理学的問題提示があって物語に引き込まれました。

特に薔薇階級に上がるルートでは、凡庸だったネリが選民意識に目覚めアイデンティティを変容させていく様が結構怖くてゾッとします。

 

攻略キャラクターごとの感想を書きます。

【高嶺 陸】

薔薇階級の中でも「赤薔薇様」と呼ばれるトップオブトップの一人。3年生。

世間で知らない者はいない高嶺グループの御曹司という設定で、俺様タイプだけどツンデレで実は優しいイケメンです。

ネリが薔薇階級に上がる薔薇ルートでは、ネリの部屋を赤い薔薇だらけにしたり、想いが通じあうと贈り物攻撃をしたり、完全に浮かれモードで暴走する御曹司。バカップルぶり炸裂で面白かったです。

しかし、あまりの浮かれぶりに周りが見えなくなり、ネリが歯止めをかけられないと社会的信用を喪失して転落バッドエンドとなります。

陸の危うさ、裸の王様感は、ちょっと切ないけれど私は愛おしく感じます。刹那的で美しいです。

陸の転落ぶりが、そのまま物語全体のメタファーとなっているように思えます。

 

【加地 壱波】

ミツバチ階級のチャラ男。2年生。

とにかくノリが軽いけれど、どこか憎めないキャラでした。演技のずば抜けた才能を持っていて、容姿の淡麗さから薔薇階級の女子からも一目おかれている存在です。

壱波は飄々としていて一見芯がないように感じますが、実はすごく強いポリシーを持っている男でした。階級制度を受け入れ、素直に薔薇階級に憧れつつも、自分のポリシーに反する人間には階級関係なく冷たい感情をぶつけます。

 

【七瀬 十矢】

石ころ階級でレジスタンスのリーダー。2年生。

見た目があんまり好みじゃなかったんですが、ネリとラブラブになった後のバカップルぶりは可愛かったです。

父親が政治家という設定で、これは真相ルートでも本当でした。十矢も聴衆の心を掴むのが上手く、天性の活動家という感じです。頭が良く真理を見抜くセンスを持っているので、彼のルートはとても示唆に富んでいました。

十矢は中等部時代は薔薇階級であったものの、階級制度のバカバカしさに辟易して石ころに望んで落ちたような人です。後に明らかになりますが、薬漬けにされて洗脳されている中でよくこのような心持ちでいられたなぁと感心します。

彼を攻略中の薔薇ルートで、ネリが薔薇階級の友人・三宮摩耶子に買い物に誘われ、薔薇階級の特権の手ほどきを受ける場面が特に印象的でした。

学園敷地内のアーケードは、カフェの席やブティックに至るまで、薔薇階級は優遇されています。お店の中には薔薇階級のみが買い物できるショップがあるのですが、そこで買い物を楽しんだ後の会話です。

三宮摩耶子「でも、もしあのお店の品物が誰にでも自由に買えたら、どうかしら。それでも、あなたは同じくらい楽しめた?」

藤枝ネリ「それは・・・・・・こんなに嬉しくは感じないかも・・・・・・」

三宮摩耶子「そうでしょう。それこそが特権階級の楽しみだわ。でも、こんなのはまだ数ある特権のうちのほんの一部よ」

(中略)

三宮摩耶子「私たち薔薇は選ばれた生徒なの。だから薔薇専用のお店で買い物ができるし、こうして見晴らしのいい席に座れる」

三宮さんが、革張りのメニューを私に開いて見せる。

三宮摩耶子「このメニューだって、薔薇専用。このお店で一番美味しいケーキは、薔薇しか食べることができないの」

三宮摩耶子「一度薔薇階級に入ったら、もう他の階級になんて慣れないわ」

藤枝ネリ(確かにそうなのかもしれない・・・・・・)

三宮さんに煽られて薔薇の特権意識に目覚め始めるネリですが、石ころでレジスタンスの十矢を好きな気持ちも強固で、その認知的不協和を解消するために、十矢にも薔薇階級に上がるように働きかけます。ここの十矢の鋭い指摘も好きです。

藤枝ネリ「制服だって可愛いし・・・・・・。お店だって薔薇階級専用のメニューがあるんだよ。それに世話係だって作れるし・・・・・・」

七瀬十矢「くだらねえ」

吐き捨てるように十矢くんが言った。

七瀬十矢「中等部の頃、薔薇だったから知ってる。あそこは選民意識を持ったしょうもない人間の集まりだってこともな」 

選民意識。これって本当に怖いなと思いました。実際、どのキャラクターのルートでも、薔薇に上がって選民意識に染まっていくネリを見ていると、ネリがネリでなくなるような、自我の喪失というか、ある種の洗脳を感じます。実際のところミツバチ階級も石ころ階級も洗脳されていることに変わりはないのですが、石ころに落ちた後はわりかし平常心に見えるのに、薔薇に上がった後だと何かに急き立てられているような焦燥を感じるのです。

また、薔薇階級に染まりつつも十矢を愛し続けるネリと、そんなネリに恋い焦がれる十矢の歪な愛もゾクゾクしてよかったです。ネリが薔薇階級だけのダンスパーティーでよその男に誘われた話などをして、嫉妬心をあらわにし激昂する十矢への捻れた愛情が、ほんと、暗くて最高です。

涙で彼の顔が滲んでいく。十矢くんが怖い。だけど心の奥底では、もうひとつの感情が首をもたげる。激しい怒りは、そのまま私への気持ちの裏返しだ。罵りに怯えながらも、一方で暗い喜びが心の底を満たした。 

「暗い喜び」という表現が秀逸だと思います。相手がヤキモチを妬いてくれるときの、あの不思議な胸の高鳴りはまさしく「暗い喜び」以外の何者でもないと思いました。シナリオの言葉のセンスに舌を巻きました。

そしてついには関係がこじれる2人ですが、ネリは十矢が好きすぎて、とにかく十矢に強い気持ちを向けてほしくて、薔薇の特権を使って石ころに酷い仕打ち(靴を舐めさせるなど)を繰り返し、その度に怒ってやってくる十矢に色めきます。

心の中で私は彼に答え、呼びかける。

藤枝ネリ(だからもっともっと、私を憎んで)

藤枝ネリ(憎んでもいいから、私を見てーー)

その為だったら、何人石ころが泣いたって構わない。これが薔薇である私の、十矢くんへの愛の形。 

薔薇の選民意識をさらにここまでこじらせ変貌を遂げたネリの、暗くおどろおどろしい情愛が素敵です。

 

【五十嵐 ハル】

石ころ階級の1年生。絵がとても上手で、諦念気味のツンデレくんです。

父が画家という設定で、これは真相ルートでも同じです。真相ルートの最後、彼の本当の父親の遺作に出会い、これまでずっと父に憎まれていると思い込んでいた彼が、父の愛情を目の当たりにしたときのCV.石川界人さんの演技が素晴らしく、泣いてしまいました。これは物語への感動というよりは、石川さんの演技の巧みさに完全に引っ張られた涙で、思わず「すごい」と呟きました。この芝居は必聴です。

 

【鷺ノ宮 レイ】

薔薇階級の中でも「白薔薇様」と呼ばれ、陸と並んで学園のトップオブトップである3年生。

レイの薔薇ルートを最初にプレイしたのですが、ネリの自分を見失っていく過程がすごく怖かったです。

いきなり薔薇階級に上がったネリはそれまで下層地区にいたのでなかなか授業についていけないんですね。

そんな中レイと恋仲になって周囲の公認カップルになるんですが、何をやっても完璧なレイと自分の不釣り合いに悩み始めます。

それを見抜いた薔薇階級の同級生・三宮摩耶子さんが、ネリにテストのカンニングを唆したり、学友に嘘をついて上流階級の出生ストーリーを語らせたりするんです。

この・・・レイに釣り合う自分になりたいという気持ちから生まれる嘘にまみれたネリが、不憫で遣る瀬無くて胸が引き裂かれそうでした。この時の三宮さんの怖さは凄まじいです。

話は変わってレイについて。

どの生徒にも平等に優しい平和主義でありつつも、階級制度は重んじる保守主義でもある彼は、物語の真相を一番担っているキーパーソンでもありました。

櫂宮学園の不思議ーー多くの生徒が見る「もう一人の自分が出てくる悪夢」、「ダイエットで食事を抜いた生徒の錯乱」、「生徒は皆子どもの頃の記憶が曖昧」などなど、多くの謎が一つの真実に収束していきます。

真実にたどり着く上で、レイの体に潜む別の人格”ショウ”の働きは大きいです。ショウはレイが抱えきれなかった陰惨な記憶を全て保持しています。

 

櫂宮学園は、本当は良家子女のエリート学校ではありません。

生徒たちは元はリングエリアの貧民街にいた孤児たちで、学園長・鏑木蒼一郎の記憶改竄・洗脳といった非人道的な人体実験に利用されていたのです。

貧民街で生きるために盗みを繰り返していた陸(6番)、政治家の愛人の子供で父の失墜から両親を失った七瀬十矢(70番)、母を水難事故で失い画家の父もアルコール中毒で死んでしまった五十嵐ハル(50番)、ネグレクトにあい為すすべなく妹を失った壱波(18番)、そして鏑木の息子であり一番最初に被験者となったレイ(0番)。彼らの名前は被験者番号から来ていたんですね。

櫂宮学園プロジェクトは、投薬や心理実験による人工天才育成のための、鏑木グループによる巨大実験施設だったのです。

 

ネリは本当は鏑木の同窓生で天才的な研究者・高千穂宗介とその妻・アリカの双子の娘の片割れでした。ネリの両親は鏑木のサイコパスな欲望のために殺され、双子の姉のマリアは鏑木に引き取られ櫂宮学園の女王となり、ネリはスペアとして鏑木の部下・藤枝司に引き取られていたのでした。

鏑木はネリたちの母・アリカが好きだったんですね。でもどうしてもアリカを手に入れられなくて、彼女に生き写しの娘(マリア、ネリ)を自分の理想の花嫁にするために、櫂宮学園プロジェクトを利用していたのです。

ネリは藤枝氏に引き取られる前に陸たちと同じ施設で一緒に遊んでいたことがあり、それぞれに特別な思い出を作っていました。

ネリが櫂宮学園に呼ばれたのは、マリアが鏑木の理想通りに育たなかったので、スペアのネリを花嫁にするためなのでした。鏑木イかれてるなぁ。

でも、洗脳された挙句捨てられたマリアは、それでも鏑木を愛していて、真相ルートの最後はマリアが鏑木を撃ち殺し、彼に口付けて「私幸せよ」って言うんです。この時のマリアが美しくて好きです。

刷り込まれた愛情も抱き続ければ本物になるのでしょうか。座裏屋蘭丸『VOID』をちょっと思い出します。 

 

***

 

終盤、鏑木がプロジェクトの終了を決め、生徒たちに行っていた投薬を打切り、生徒たちは離脱症状に苦しみながら自分の真の記憶を取り戻すのですが、その時にハルが「俺たちは、幻を生きてた」って言うんです。それが切なくて詩的で心に響きました。

刷り込まれた人生、刷り込まれた記憶によるハリボテの生活が”幻”だと思えたのは、彼らが刷り込まれた記憶は、彼らが望んだ人生だったからです。

陸はお金持ちの特権階級になりたかった、壱波は妹に生きていてほしかった、十矢は父に正義の政治家で強い男でいてほしかった、ハルは両親に愛されたかった、レイは何でもできる完璧な男になりたかったーーー

鏑木の非道な実験は、奇しくも彼らの望みを叶えたのです。夢を見せてあげたと言ってました。

夢は醒めたから夢なのであって、もし鏑木が実験を続けて彼らがずっと薬漬けで幸せな夢を見続けていたら、もしかしたら真実を知るより幸福なのかも・・・とも思ってしまう自分がいます。

でも、私ももし学園の謎に突き当たったら、やっぱり真相を暴こうとしちゃうのかなぁ。夢から醒めちゃうとしても。

自分にとっての一番の幸せは

  • 物事の真相を知ること(真相ルート)
  • 築き上げたアイデンティティを守ること(石ころルート)
  • 手に入れた地位と生活を守ること(薔薇ルート)

どれなのか、はっきり決められない自分がいます。

10代の頃なら絶対真実を知りたいって即答できたんですけどね。28歳になった今では、真実にそこまでの価値を見出せない。そもそも、何をもって真実とするのか、論拠を組み立てるのがとても難しいことをこの10年くらいで痛いくらい学んだのです。

 

***

 

ああ〜、ゲームプレイ後もまだ世界観に浸っていたいです。本当に素晴らしい作品です。

ここのところオープニングテーマをよく聴いています。これも大好き。


PS Vita『絶対階級学園』オープニングムービー

私がプレイしたのはPS Vita版ですが、元はPCゲームのようです。

絶対階級学園~Eden with roses and phantasm~ 初回限定版

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ゲームってPC版の方がいろんな要素が歯に衣着せぬ感じで本当は好きなんですけど、Macに対応してないことが多いんですよねぇ。エロゲーとかも。

ゲーム用にWindowsPCを買おう買おうと思いつつ数年経っています・・・おわり。

自分に嘘をつく苦しさ:『君が望む永遠』

先日とあるネットラジオで声優の小野友樹さんが、ご自身が声優を志すまでのお話をしていて、「『君が望む永遠』というアニメを観てアニメの面白さを知り、主演の谷山紀章さんに憧れた」というエピソードを聴きました。

気になって早速『君が望む永遠』を視聴。平成のアニメにはまだまだ知らない良作があるものだと感慨深くなりました。

君が望む永遠 Blu-ray BOX

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原作は恋愛アドベンチャーゲームだそうです。

 

最初の2話くらいは、よくある青春物語のような明るい雰囲気です。

主人公の鳴海孝之は高校3年のある日、彼に長年片思いしていたというおとなしい同級生の少女・涼宮遥から告白されます。

孝之と遥には速瀬水月という共通の友人がいて、彼女の手助けもあって孝之と遥は付き合うことになります。

 

この水月が・・・彼女は本当は自分も孝之が好きなのに、親友の恋を応援してしまい、自分は失恋するんです。水月は自分の気持ちを見ないふりして自分に嘘をつき、孝之たちを盛り立てます。

でも、本当は孝之のことがすごく好きなので、ちょくちょく孝之にモーションをかけるんです。これが最初本当にあざとくて、見ていてイラッとしてしまいました。

だって、毎回孝之が遥との待ち合わせに行く途中に現れるんですよ。それで悩みを相談したり、自分の誕生日だと言ってプレゼントをねだったり(しかもよりにもよって指輪!)厚かましささえ感じました。それにいちいち付き合ってしまう孝之の能天気さにもやきもきしました。彼女ではない女に指輪を買うな、孝之!

 

しかし、悲劇と物語の本当の始まりはここからです。

まさに誕生日プレゼントとして(ねだられて渋々ではあるものの)指輪を水月に買ってあげたあと、少し待ち合わせ時間に遅れて駅前に着いた孝之は遥を探します。

すると何やら人だかりが・・・胸騒ぎがして近づくと、そこは事故現場でした。

現場は血まみれ、そして遥がいつもつけていたリボンがボロボロのまま落ちていました。

孝之が水月のわがままに付き合って指輪を買っている最中、孝之を待っていた遥は車に突っ込まれ重傷を負ったのです。

そしてそれから3年間、遥は意識不明のまま眠り続けますーーー。

 

この、遥の事故からのドラマティックさは「おおっ」と感嘆しました。

次の回は事故から3年後の孝之たちが描かれます。

孝之はフリーター、水月は会社員、彼らのもう一人の共通の友人・平慎二は大学2年生。皆成人しています。

孝之は遥と同じ大学を目指して勉強していたのに、遥の事故から引きこもりになってしまったせいで進学を諦めました。

水月は水泳部で将来の活躍を有望視されていたのに、遥の事故をきっかけに以前のように泳げなくなり水泳を辞め、就職の道へ。

 

再起不能に見えるほど荒れた孝之を愛の力で立ち直らせた水月は確かにすごかったです。水月の孝之に対する献身を見たあとだと、彼女にも同情できます。

その一方で、孝之を「お兄ちゃん」と慕っていた遥の妹・茜の憤りもよく理解できました。孝之と遥の恋を心から応援していた茜。茜は水泳部でもあり、水月のことも尊敬する先輩として慕っていました。

そんな大好きだった孝之と水月が、姉が事故により昏睡する最中、姉を裏切り恋仲になったのです。「卑怯だ」と怒鳴りたくなる気持ちもわかります。

 

指輪の一件もあり、孝之も水月も遥の事故に責任を感じています。

もしあの時、水月が孝之にちょっかいを出さずに、孝之が時間通りに待ち合わせに行っていたらーーー

でも、本当はそんなのは偶然です。遥が事故にあって本当に責任を負うべきは車で突っ込んできたドライバーです。それでも、孝之たちは自分たちを責めずにはいられない。

それって、後ろめたさがあったからだと思うんです。孝之は遥をちゃんと好きだったと思うけれど、心の奥底には水月を好きな気持ちも眠っていた。だから後ろめたいんです。

 

それでも前を向いて、それぞれ仕事ですれ違いがちだった孝之と水月は同棲を考え始めました。引っ越し先を探そうとしていた矢先、茜から孝之に連絡が入ります。

それは、遥が3年越しに目を覚ましたというものでした。

 

ここからさらに歯車が狂い始めます。3年ぶりに目覚めた遥はまだ脳機能に少し障害が残っており、3年前のまま時間が止まっていました。

遥にショックを与えないよう周囲の人間も3年前のように振る舞うことが要求され、茜は3年前の中学の制服に身を包み、孝之も受験生のふりをして振る舞います。

遥は大好きな孝之に会えたことでみるみる回復していきます。一方で水月は、孝之の気持ちが遥に再び傾いてしまうのではないかという不安に襲われ、どんどん疑心暗鬼になり荒れていくーーー

 

***

 

冒頭で書いた小野友樹さんのラジオトークで「アニメってもっと”萌え〜”みたいな(明るく能天気な)ものばかりだと思っていたのに、こんなにドロドロの人間ドラマも描くのかと驚いた」みたいなお話があったのですが、すごく納得しました。

ほんと、昼ドラも顔負けのドロドロ群像劇でした。

絵柄は2000年代らしい古き良き日本アニメの絵そのもので、音楽やテーマ曲も爽やかで切なくてドラマチック。また、孝之の一人暮らしの家に固定電話があったり、携帯電話も折りたたみの分厚いやつだったり、「ああ、平成序盤だなぁ」と懐かしくなるギミックもたくさんあります。テレビも四角くて大きいブラウン管でした。

でも、描かれる人間ドラマは時代を超えて心を打ちます。愛情と猜疑心、過去への羨望と喪失感、裏切りによる悲しみや憤りは、現代を生きる私たちと何も変わりません。

 

作品を見ながら「自分だったら孝之を許せるか?」「水月を許せるか?」「遥のずるさを許せるか?」とそれぞれの登場人物の気持ちに立って考え込んでしまいました。

でも、他人を許す気持ちも大事ですが、自分を許すこと・自分の気持ちに正直になることがまずは一番大事な気がしました。

悲劇のきっかけは、本当は遥の事故よりずっとずっと前。水月が自分の気持ちをしまって遥の恋を応援してしまったとこからだと思いました。

水月が自分の恋を隠さず、正面から遥と対峙していたら。また、孝之も遥から告白された時によぎった水月の顔を看過せずにもう一度立ち止まって考えを巡らせていれば。

所詮は”たら・れば”ですが、そういうちょっとした自己欺瞞が、折り重なってここまで拗れたんだなぁと感じました。

 

***

 

この作品はシリアスな内容ではあるものの、テンポの良い笑いの要素もきちんと入っていて素晴らしいです。

特に私は孝之のバイト先の同僚・大空寺あゆちゃんが好きです。金髪ツインテールで口がものすごく悪いけど実はいいとこのお嬢様っぽい彼女がめちゃくちゃな接客をしたり孝之に突っかかって「お前なんか、猫のうんこ踏め〜!」と叫ぶたび笑えました。こういうコメディ要素って、本当に大事だと思います。ありがとう大空寺。

 

最近、地上波でも数々の平成を代表するバラエティ番組が放送終了となったりして、一つの時代の終焉をひしひしと感じるようになりました。

この『君が望む永遠』が放映されたのは2003年だそうです。平成14年、私は中学2年生でした。

この頃典型的中だるみで学校もサボりがちで、家でインターネットに明け暮れてた日々を懐かしく思い出しました。

藍より青し』とか『WOLF'S RAIN』とか、夜中にこっそり起きてテレビのボリューム絞って観てたなぁ。ビデオ(!)も録画したりしてました。

私のオタクの原体験って、この頃だったのかもしれません。

そんな感じで最近”平成センチメンタル”におちいる方に特におすすめします。おわり。